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2012年7月 2日 (月)

なんとなく計算が合わない気がする原子力発電。

3.11からこっち、原子力発電所に関して、様々なところで、それこそ様々な意見が飛び交っている。テレビでもネットでも、原子力発電という言葉を目にしない日は無い。賛否両論入り交じり、何が正しいのか、今後、我々はどうすればいいのか?自分自身、真っ当な答えを見いだせないでいる。明確な意見を持たないままブログに書いて公表してしまう事に不安もあるし、ましてや専門的な知識を持たない私が、間違っているかもしれない知識を公にさらしてしまってもいいのかとも思う。ただ、ここ1年半、それなりに興味を持って様々な意見に耳を傾けてきたし、自分なりにもいろいろ考えた。それこそ、今まで自分にはさして関わりのないことだと考えもしなかった原子力発電のことを、ここらで自分なりに少しだけ分析してみようと思う。もちろん、専門知識の無い私、ここ1年半でためた知識は、どれもテレビやネットから拾った、ある種、偏った可能性もある情報なので、間違ったこともあるかもしれない。出来るだけ、技術系ではなく、文系で書こうと思うので、その分を割り引いて読んでもらいたい。

頭の中で、いろんな人の意見や情報が、まとまらずに浮遊している。その多くから、同じ疑問にたどり着く、それは、「原子力は、今の我々にとってオーバーテクノロジーなんじゃないか?」ということ。確かに原子力は、我々に多くの恩恵をもたらしてくれる夢のテクノロジーなのかもしれない。人類がこの技術に手を付けたとき、それこそ未来が開ける気がしたに違いない。我々の祖先が初めて道具を使った時、初めて火を道具として使った時に匹敵する発見のように言われていた気がする。そう、「原子の火」と。それからの歴史は、すでに誰もが知るところなので、今さら書く必要も無いだろう。ただ、その未来を正しく理解していた人は、果たしてどれくらいいたのだろうか?賢明な科学者達は、もちろんわかっていただろう、実用化されてしばらく後には、頭の良い官僚や電力会社の上層部もわかっていたんじゃないだろうか?そして、我々も薄々感じていた。この原子の火が、我々に、いや、我々の未来に大きな負の遺産を残してしまうかという事を。

チェルノブイリや、スリーマイル島、福島の事故の事を言っているのではない。もちろん、ひとたび事故に見舞われれば、それこそ、取り返しのつかないくらい大きな負の遺産を抱えてしまうのは、誰しも知るところだ。しかし、もし、これらの事故が無くて、すべてが順調に稼働していたとしても、我々は未来に対して大きな負の遺産を残してしまうことになる。先日、テレビで、フィンランドに建設中の最終処分場「オンカロ」が取り上げられていた。最終処分場というのは、原子力発電所で出る使用済み核燃料を、地下深く埋めて、自然に無毒化するための施設だ。そう、我々人類は、世界中で使用されている核燃料から出る核のゴミを無毒化する技術を持っていないのだ。ただ、だれも触れる可能性の無い地中深くに埋めて、自然に無毒化するのを待つしかない。オンカロは、地下300mの深さに3000個の縦穴を彫り、そこに使用済み核燃料を埋めて、すべてを埋め尽くしたら、完全に封印する。しかし、それらが無毒化されるまで、なんと10万年の時間を要する。3,000個の井戸に、果たしてどれくらいの量が埋められるのかは正確な数値は知らない。wikiによると100年分くらいの使用済み核燃料が埋められるらしいが、たった100年分のゴミを無毒化するのに10万年もかかってしまうのだ)しかも、このオンカロ、世界で初めて実用化される最終処分場というから、驚きを通り越してあきれてしまう。なぜ、初めてなのかというと、最終処分場を作るには、重要な条件がある。ここには、人類を何度も絶滅させてしまえるほどの核廃棄物が埋められ、それらを安全に10万年封印しなくていけない。そのため、まず大事なのは、変動の少ない地層。オンカロの地層は、たしか、18億年前の地層で、その間、大きな変動の痕跡が見つけられない。だから、今後10万年は、大丈夫ということだ。そんな条件の土地は、地球上探しても、そう多くはないだろう。ましてやこの地震国日本にあるとは思えない。

オンカロに埋められる100年分という数字が、(全世界の)なのか、(フィンランドの)なのか(ヨーロッパの)なのかを私は知らないが、たとえ楽観的に全世界のだとしても、少なくとも100年にひとつは、こういう施設を作っていかなければならない計算になる。最初のひとつが無毒化されて再利用ができるまで(できるとして)10万年の間に、1,000カ所作らなければならないことになる。

10万年という時間は、あまりにも長い。10万年前といえば、我々人類の祖先、ホモ・サピエンスがアフリカを出て、世界各地に広がった時期だ。当時は、氷期で、大陸は地続きになっていた。5万年前にはクロマニヨン人が出現、氷期も終わりに近づいた1万3,000年前に、ようやく日本列島は大陸から離れ、今の形を形成した。縄文時代が始まったのは、1万6,500年前だ。初期の文明、エジプト文明が現れたのは、たった3,000年前だ。こう考えると、10万年がいかに途方も無く長い時間かがわかるだろう。その間に何がおきるかだれも予測することはできない。

我々が、わずか数十年使ってきた原子力の火、その影響が及ぶ果てしない時間、そこから受ける恩恵と、未来に残す影響を天秤にかけると、どうにも計算が合わないように感じる。


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