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2012年2月29日 (水)

黒式尉、2月29日。かなり締まってきた感じ。

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まだまだ肉付きは良すぎるが、かなり締まってきた感じ。で、本日終了。

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2012年2月28日 (火)

黒式尉、2月28日。横型が難しい。

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横型を合わせるのは、なかなか難しい。型ばかりを見ていると全体のバランスが狂ってしまったりする。
もっと削らなければいけないが、勇気のいる作業。

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2012年2月26日 (日)

黒式尉、2月26日。木屑が細かくなってきた。

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彫りが進むに連れて木屑は細かくなっていく。それだけ、一度に削る量が減るということになる。仕上げ段階になるとそれこそ粉のような細かさに。基本、能面はヤスリがけをしないで刀のみで仕上げる。ヤスリは表面を毛羽立たせ、胡粉の乗りを悪くするのではないか?と勝手に解釈している。何はともあれ、本日はこれで終了。

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2012年2月25日 (土)

黒式尉、2月25日。

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深いところをより深く彫り進む。この時点で型紙に合っているのは、タテ型のみ。鼻や口は少し大きめに残してある。頬の高さは型紙を合わせると、もっとずっと低いのだがなかなか落とすのに勇気がいる。

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2012年2月24日 (金)

中村雀右衛門丈

Jacky

昨日、人間国宝 中村雀右衛門丈が、お亡くなりになられました。
歌舞伎役者では、わたしが唯一、大首絵を描かせていただいた方でした。

あまり実在の人物を描く事の無い私が、この絵を描かせていただいたのは、かれこれ4〜5年前になると思います。初めての女形、女性ではないが、もっとも女性らしい、しかし、女性を描くのではない。そんな難題に挑戦し、思い悩み、最初にお話をいただいてから、絵が描き上がるまで3年近い時間がかかりました。
おそらく、これ以上の雀右衛門丈は描けないと思っています。
米寿のおり、直接、お渡しする機会に恵まれ、一緒に記念撮影まで撮っていただきました。その後も、後援会様からのご依頼で、この絵を扇子に仕立てたり、絵はがきにさせていいただいたりしました。私にとって思い出深い絵です。

華やかな名女形に、黒ふちは似合わない。そう思い、上の絵は、あえて真っ赤なふちを付けさせていただきました。後年は、足が弱られて、なかなか舞台にもお立ちになれなかったと聞いております。今は、そんな肉体の呪縛から逃れ、空を舞う天女の様に、思う存分舞われているのではないかと思います。

ご冥福をお祈りいたします。

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黒式尉、2月24日。

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まだまだ手探りな状態。一応、目鼻はついているが、黒式尉にはほど遠い。まだまだ彫刻刀にはほとんど持ち替えず叩き鑿と突き鑿での作業。

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2012年2月23日 (木)

黒式尉、2月23日。

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彫りが足りず、まだまだ型紙には全く合っていないが、少し表情がでてきた。たとえ型紙があっても、思い切って彫り進むのはとても勇気がいる。かといって遠慮しながら彫っても進まない。粗彫りの大胆さが自分には足りない気がする。

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2012年2月13日 (月)

能舞台の前にある、あの階段って?

Kokushikijo

今年になって、先生よりお許しが出て、黒式尉を打てることになった。個人的に能面の中で尉面(平たく言うとおじいさんの面)にはあまり興味を持てないのだが、これだけは、いつか打ってみたいと思っていた能面のひとつだ。また、今年はタイミングよく1月9日に観世能楽堂で行なわれた「翁」を観る機会に恵まれた。中でも野村萬斎氏の三番叟は、全く古さを感じさせないというか、新しささえ感じさせる素晴らしいものだった。今までも何度か三番叟を観る機会はあったが、それらとは全く違う、どんな言葉もってしても言い表せないくらいの感銘を受けた。さすが!としかいいようが無い。その三番叟で使われる面が黒式尉だ。
すでに粗彫りを始めているが、この面、さらには「翁」について調べてみたら、いろいろ面白い話が引っかかった。面打ちの話の前にそれらをまとめてみたいと思う。例によってところどころ私の推測や解釈を交えていくので、すべてが正しいかどうかの補償はできないのであしからず。

この黒式尉、「翁」という演目で使用される面だが、他の能面とは大きく異なる特徴を持っている。一目瞭然!数ある能面の中で、この黒式尉と白式尉だけが可動式の面であるという事。つまり、口が割れていて動くのだ。そもそも能は、徹底的な引き算で動きや表現を最小限にし、観る側の想像力を引き出すという芸能に仕上げられている。説明的なものを可能な限り省く事で先入観をなくし、想像の幅を広げられるようにしている。だからこそ、あの狭い能舞台の上に、千尋(せんじん)の谷が現れたり、大海原が広がったり、絶海の孤島を観ることができるだ。したがって、観客ひとりひとり観ている情景が違うのだと思うと能楽の奥深さを感じる。そう考えると、口が動くという演出は、本来、能楽が目指したところとは違う。

「翁」は、「能であって、能でない。」と言われる事もある特殊な演目だ。今でこそ能楽の中に取り込まれて語られるが、「能」「狂言」「式三番(翁)」と分けて語るべきもので、その性格は大きく違う。「能」がある種の物語を演じるのに対して、「翁」には物語がなく、天下泰平、国土安穏、五穀豊穣を祝祷する神事の性格が強い。能が成立する前に農村などで行なわれていた翁猿楽の様式を残しているという説がある。現在は、「翁」を能楽師が、「三番叟」を狂言方が勤める。つまり、三番の内、二番しか演能されないが、式三番にはもうひとつ「父尉(ちちのじょう)」というものが存在したらしい。この「父尉」、能楽が世阿弥によって確立される際に省かれたものらしいので、「能」としてはそもそも無かったものになっている。今となっては演能される機会も無い「父尉」だが、なぜか面だけは伝えられていて、今でも観ることができる。1月に開催されていた三井家の能面展でもいくつか展示されていた。

能は元々五番能という形で、朝から日暮れまで一日かけて行なわれていた。「翁」が上演される場合は、最初に行なわれる。(今でも「翁付き」という形で他の演目(目出たい内容)と組み合わせて行なわれる。)その始まりは、まず、能奉行が、能舞台の真ん前にある階段を上り、舞台を横切り、橋懸かりから幕に向かって「お能始めませい」と言って、再びあの階段を使って元へ戻る、そして、能が始まるという段取りだったらしいが、今では能奉行もいないし、あの階段が使われる事は無い。ちなみにあの階段は「階(きざはし)」と呼ばれる。この階(きざはし)、今は使われる事が無いが、役者にとっては意外に都合のいいものらしい。というのも、ただ階段が付いているのではなく、その両端の突起が舞台の上に突き出ているため、面を付けて視界の悪い状態でも、舞台の先端、中心が計れるという恩恵があるようだ。

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2012年2月12日 (日)

黒式尉、粗彫り。

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すでに木取りは終わっているので、粗彫りを進める。
木は檜、上下は、自然に生えているのと同じにする。年輪を見極め、表が内側、裏が外側にする。木の脂は外に向かって出るので、彩色を施す表には極力出ないように木取りをする。

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こんな感じで作業をします。

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黒式尉の型紙作り。

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明るい日差しの中、黒式尉の型紙作り。最近はとんと使わなくなったデザインカッターをひっぱりだし、腕は衰えてないかと確認しつつひとつひとつ丁寧に切っていく。さすがに目は衰えは自覚しているので、左上にあるハズキルーペを愛用。
すでに、1月26日には京都で粗彫りを初めているが、その後、型紙を精緻化する段階で試行錯誤をしたため、ようやく型紙作りの最終段階にこぎつけた。

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