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2010年6月29日 (火)

エルサレムの公衆電話。

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エルサレムのマーケットで見つけた公衆電話。というか、町中にあるんですが、ここで初めて気づいたという事です。現地の言葉が全く理解できない私にとって電話は必要の無いツールですが、きれいなブルーに引きつけられて覗き込むと、とても丁寧なピクトグラムで電話の使い方を解説してありました。これなら字が読めなくてもだれでも電話をかけられます。もちろん私でも。かけた後、会話ができるかかどうかは別として...。

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2010年6月28日 (月)

エルサレムのマーケット。

6月9日(火)イスラエル2日目の2
その国の生活を知るためには、マーケットへ行くのが一番。というわけで、イスラエル博物館で紀元前の歴史に触れた後は、エルサレムのマーケットに行きました。

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ありとあらゆるものが手に入ります。食材はすべて新鮮で量が豊富。その品質を高く評価され諸外国に輸出もしているイスラエルだからこそマーケットには活気があります。それから、イスラエルに行って驚いたのは、野菜の味がとても濃い。雨の少ない土地だからか、丹誠込めて作られているからかはわかりませんが、とにかく瑞々しくて美味しい。調味料など要りません。生でそのままかじっても良いくらい美味しいんです。これに比べると日本の野菜のなんと水っぽい事、たしかに形はそろっているし傷ひとつなくきれいですが、不揃いで元気いっぱい溢れているイスラエルの野菜は、素材の味がその何倍も美味しいです。これが本来の野菜ではないかと思いました。

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途中、生ジュース屋さんで、人参ジュースをいただきました。様々なフルーツや野菜、ハーブが所狭しと並べてあって、その中から好きなものを選び、ジュースにしてくれます。もちろん、ブレンドもOK!まずはおすすめの人参ジュースをお願いすると、ジューサーに少し小さめの人参を、1本、2本、、、、5本、6本、(いったい何本入れるんだ?)で、出来上がったジュースが、これまた素晴らしい味!何の味付けもしていません。いや、する必要がないんです。こんなおいしい人参を味わったのは初めてです。
左手前にあるのは、無料のおつまみ。木の器に入っている小麦粉を薄く焼いた煎餅のようなものに、手前に並ぶソースをつけていただきます。これがまた、止まらなくなるくらい美味しい。

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パンはその場で焼いています。芳ばしい香りが食欲をそそります。

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ハルバはイスラエルの代表的なお菓子。味は比較できるものが無くて説明できませんが、美味しい。基本は量り売りでした。しかし、みなさん、他のものもそうですが、買っていく量が半端じゃない!よっぽど大家族なのか、大食漢なのかと目が丸くなります。

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中でも気になったのは、この黄金色に輝くサバの薫製(?)のようなもの?残念ながら味見することはできませんでしたが、その金色が美しい。

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2010年6月25日 (金)

死海文書。

6月9日(水)
エルサレム二日目は、イスラエル博物館。なんとここは、有名な「死海文書」の博物館。死海文書とは、紀元前200年頃に書かれた人類最古の文献だ。発見されたのはわずか50年ほど前、クムランの洞窟でヴェドウィンの放牧民が発見した。考古学上20世紀最大の発見と言われる。しかし、よくこんなにも長い時間、自然の洞窟で朽ち果てずに保存されていたものだと驚く。湿気の少ないイスラエルの気候のなせる技だ。日本だときっとこうはいかない。書かれているのはユダヤ教聖書。後日、その発見場所、死海の近くクムランも訪ねたが、それは後ほど。

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写真は、死海文書が納められている建物の外観。発見時に納められていた素焼きの坪の蓋を模したデザインになっている。(なんとなくスライムのようでかわいい。)少しひいてみると、突如、黒い壁が現れる。これは、クムラン宗団の信仰を象徴する光と闇を現わしているらしい。まるでモノリスだ。

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20世紀最大の発見と言われるとなんだかドキドキする。残念ながら展示室内は撮影禁止だったので写真はないが、それは厳かに展示されていた。ともすれば墓地の中のような薄暗い空間に。展示されている死海文書はヘブライ語で書かれたものだ。同行してくれたユダヤ人の方に聞くと、今でもそのヘブライ語は、なんなく読めるらしい。(恐るべしヘブライ語!)あらためてこの国の歴史の深さと文化に驚かされた。

外には紀元1世紀の1/50エルサレム模型が置かれている。これがまたとてつもなく大きい。しかもすべて石で造られている。石の城壁はひとつひとつ丁寧に積み重ねられているし、ものによっては彫刻までほどこされていてびっくり、なにより、この地形を再現するだけで大変だろう。

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ひとつ余談だが、この博物館の入り口、チケット売り場に興味深いカウンターがあった。写真左側男性が二人もたれかかっているカウンターの窓には「CHECK WEAPONS HERE」と書かれている。そう、この博物館には武器の持ち込みは禁止されている。ここに預けなければならない。日本人的に考えると「あたりまえだろそんなこと。」と思うが、そこはそれ、お国柄が感じられる一瞬だった。イスラエルは男女関係なく兵役が義務づけられている。(男性3年、女性2年)そんなわけで、町中で小銃を持った若者を見る事は不思議でもなんでもない。日常的な風景のひとつになっている。最初は少し驚き、どきどきしたが、慣れとは恐ろしいもので、次第にその感覚は無くなっていく。

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2010年6月24日 (木)

ダビデ王とソロモン王。

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6月8日
まず、初日はエルサレムの中心にそびえ立つ、ソロモン王の神殿。ここにはダビデ王の塔がある。
Hataダビデ王は、その紋章【六芒星】がダビデの星としてイスラエルの国旗にまで使われるほどユダヤ人に取って大事な王だ。イスラエル王国の初代国王はサウル、紀元前1004年、建国半ばにしてペリシテ人との戦いの中で戦死し、国は分裂と滅亡の危機に瀕した。その時、サウルの武将であったダビデが、その危機を救ったとされている。つまり、ダビデ王はイスラエル王国二代目の国王ということになる。(紀元前1004年〜前967年在位)エルサレムを首都と定めたのもダビデ王である。現在、国際的にイスラエルの首都はテルアビブとされているが、イスラエルとしては、このエルサレムを首都と主張している。それだけ、ユダヤ民族にとってダビデ王は偉大な存在だといえるだろう。
その後、国を失い、世界中に離散せざるを得なかったユダヤ民族の中に、いつの日か必ず、ダビデの子孫が救世主として立ち上がり、イスラエルの地を回復し、世界の王となるという信念が生まれた。興味深いことに、ユダヤ教を受け継いだキリスト教でも、週末の日、ダビデの子孫イエスが救世主として再臨すると信じられている。つまり、イエスはユダヤ人であり、ダビデ王の子孫ということになる。この事は、後で取り上げる最後の晩餐の謎に大きく影響することなので、覚えておいて欲しい。
紀元前965年、統一イスラエル王国の第三代国王に即位したのがソロモン王だ。ソロモン王はダビデ王の繁栄を一層確かなものにし、エルサレム、シオンの丘に第一神殿と宮殿を完成した。現在、その神殿は残されていないが、第一神殿が建てられた場所は、現在、イスラム教の聖地となっているエル・アクサ寺院のあたりとされている。イスラム教の聖地にはユダヤ教徒が立ち入ることはできない。つまり、偉大なソロモン王の建てた神殿の場所に立つ事は許されていないことになる。そこで、その場所へと続く城壁には今もなおユダヤ教徒がその壁に頭を垂れ祈っている。そここそ「嘆きの壁」と言われる場所だ。

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ソロモン王の宮殿にはライオンの門から入った。

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全体の模型(金属できている)こうして見ると小さく感じるが、いざ歩いてみるとなかなか広い。

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2010年6月23日 (水)

聖地エルサレム一望。

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6月8日(火)
エルサレム一望。こんなちっちゃい写真じゃ全く見えないが、とりあえず全貌を。真ん中右にソロモン王の神殿、そこにダビデの塔があり、岩のドーム、嘆きの壁など、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地がある。左側はユダヤ人が住む地区、右側にアラブ人の住む地区がある。空港のあるテルアビブからエルサレムまでは車で約1時間。エルサレムは標高800メートル、空気が乾燥しているせいもあるが、真夏でも心地よい。この季節でも日中は30度を超えるが、日本と比べれば極楽である。旅を終えて成田を出たときには、まるでお湯の中に入ったような感覚だった。夜は長袖でなければ寒いくらい。冬は0度ぐらいまで温度が下がり、まれに雪が積もることもある。気温だけ見れば、東京と大差無いが、湿度が低いということが、こんなにも過ごしやすいとはあらためて実感した。ただ、日差しは強い。油断すると真っ赤に日焼けする。

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エルサレムでは、植物の育ちやすい平地を有効活用するため、建物は標高500m以上に建てるよう決められているらしい。そのため、日本の風景とは圧倒的に違う景観になる。山頂に建物があり、低いところは緑の木々が茂る。山は木々に覆われ緑だという風景に慣れた日本人は、一種のカルチャーショックを受けるだろう。さらに、建物の外壁は石で造ることが義務づけられている。これは、イギリス占領時代に決められた法律だと言うことだ。そのため、街の色は統一され、新旧入り交じっても美しい。

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2010年6月22日 (火)

イスラエルへの道(空?)

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6月7日(月)
日本からイスラエルまでの直行便は無い。そんなわけで、今回、イスラエルには、AIRFRANCEでパリを経由して行った。本来は、大韓航空でソウル経由するのが近道だが、諸事情ありパリ経由することになった。飛行時間は、パリまで12時間、パリ>テルアビブが約5時間、パリでの乗り換え時間を合わせると約20時間の長旅だ。機内で3食+夜食を食べ、ドアtoドアで考えると丸一日かかることになる。ちなみにソウル経由すれば、後2〜3時間は短縮できるらしい。なんだかとても遠い国に思える。時差はマイナス6時間。日本が10時ならイスラエルは4時になる。

上の写真は、エアバスA380、世界初の総2階建て大型旅客機。たまたま隣のターミナルに停まっていたので思わず撮影。やはりでかい!(※これに乗った訳ではありません。乗りたかったけど。今年9月から成田>パリ間で運行されるらしいのでチャンスはあります。)

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成田>パリの機内食。左が夕食で右が翌朝の軽食(エコノミーです)。おいしい機内食にはなかなか当たらないが、この2食は悪くなかった。というか結構美味かった。AIRFRANCEもなかなかやるじゃん!と思っていたら、帰りの機内食は最低だった、、、。

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最近では、個人用モニタも珍しくは無くなったけど、エコノミーにもこれがつくようになってどんなに空の旅が楽になったかと思う。好きな時間に見たい映画が見れるし、各種情報やゲームまでできる。これでネットにつなげられれば言うこと無いんだけど。配られるヘッドフォンは質が悪いので、常用のiPhone用ヘッドフォンを使う。機内はエンジン音とか雑音が多いので、これがないと!意外に便利だったのが右下にあるドリンクフォルダ。飲み物置きにはテーブルのくぼみがよくあるけれど、それだと何となく不安定で揺れると溢れそうになる。その点、このドリンクフォルダは優秀だ。何より、いちいちデーブルを開かなくていいのが最高。

右は、パリ・シャルルドゴール空港のカート。なんだかお洒落である。

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2010年6月21日 (月)

イスラエルから戻ってきました!

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やっとイスラエルから戻ってきました。ということで、私のmybest復活です。しばらくはイスラエルで私が見て感じて経験したことを書いていきたいと思います。そもそもの話をすると2000年以上前の話に遡ってしまうイスラエルというとんでもなく深い国。その歴史はとても複雑で波瀾万丈。エルサレムにはユダヤ教、キリスト教、イスラム教、三つの聖地が混在するとても複雑な国。とてもじゃないけれど一言では表せない。それらをできるだけたくさん写真を交えてご紹介していきたいと思っています。
上の写真は、聖地エルサレム。真ん中上に見えるのは、ダビデ王の城。ここに三教の聖地があります。

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2010年6月 6日 (日)

明日からイスラエル!

明日からイスラエルに行って参ります!
ニュースを見ていると、向こうではちょっとゴタゴタがあるようで多少気になるところではありますが、とにもかくにも行ってこようと思います。戻りは18日ですので、このブログもしばらくお休みです。思えば、昨年4月から、正月を除いて1日もお休みすること無く更新してきました。(実は先日一日だけすっかり忘れていましたが・・・。)こんなに長くお休みするのは初めてですが、18日以降出来るだけ早く復帰いたしますので、どうかみなさん再びお越しいただけるようお願い申し上げます。
再開は、おそらくイスラエル紀行になるかと思います。滅多に行けない場所、たくさんの写真を撮ってこようと思っています。乞うご期待!

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2010年6月 5日 (土)

地球温暖化とヴァイオリンの音色。

ヴァイオリンの音色は、使われている木に大きく影響されるらしい。木を使ったあらゆる物がその木の材質に影響されるのは衆知の事実だ。だからこそ、用途によって適切な木が選ばれている。能の大鼓の胴は硬い桜の木、非常に硬い柘植の木が櫛に使われるのは有名だし、その他小さな細工物によく使われる。湿気に強く、防虫効果もあると言われる桐は家具に、水に強い桧は、建物に使われる。中でも桧風呂は有名だ。ヴァイオリンに使われる木は二種類。表は柔らかく弦に共鳴しやすい松の木、裏面は硬い楓が使われる。いい音色を奏でるために必要なのは木の種類だけではなく、その木の質が大きく影響する。より良いとされるのは、木目が細かく均等であるものということ。木の木目は、幅の広く白い夏目と狭く色の濃い冬目に分けられる。木目がよく見えるのはこの二つが連続しているからだ。この差は木の成長速度に比例する。夏は成長期なので、木目の幅が広くなり、冬はほとんど成長しないから狭くなる。つまり、いい音色を奏でるヴァイオリンに必要なのは、夏にあまり成長しなかった木ということになる。では、成長が緩やかな夏とはどういう夏なんだろうか?そもそもなぜ夏に成長が促進されるのだろうか?その答えは簡単だ。夏は太陽の恵みを受け暑い。植物は葉を生い茂らせ、太陽の恵みを一身に受けて健やかに成長する。逆に成長が緩やかになる夏は冷夏だ。誰もがその名前を聞いたことがあるヴァイオリンの名器、ストラディヴァリウス。その作者ストラディバリが生きていた時代は、小氷河期と言われるくらい寒冷な時期が続いていた。だから、彼が手にできた素材は非常に目の細かい最上の材質だったと言われている。もちろん、木目は年輪とも言われるように、一年に一つしか出来ないので、寒い夏が数十年続かないと、良い木はできない。その自然の営みが、名器ストラディヴァリウスを産むのに重要な条件の一つだった。
温暖化が続く現代、夏は暑く、冬すら温かい。これでは木は元気に育ち過ぎ、その木目をどんどん広げてしまう。このまま数十年この状況が続けば、ヴァイオリンに適した目の細かい木はどんどん少なくなってしまうだろう。地球温暖化がこんなところにまで影響するとは驚きだ。しかし、ここでふと気づいたことがある。地球温暖化の大きな原因の一つに化石燃料を燃やして出る二酸化炭素がある。二酸化炭素が空気中に増えると温室効果の原因となり気温が上昇する。しかし、植物がこの二酸化炭素を使って光合成をするのも事実だ。人間が木を伐採し、二酸化炭素を消費してくれる植物を減らしたことで、温室効果に拍車がかかっている。このまま人間が愚かな行為を続けるなら、その先に待っているのは人間の絶滅かもしれない。しかし、人間が滅亡か極端に数が減れば、温かい気候と豊富な二酸化炭素の中で植物は大いに繁栄する事だろう。そうして、人間が自らの首を絞めた地球温暖化の原因は地球上を覆い尽くす植物によって長い時間をかけて浄化される。そうして地球は再び美しい星に戻るのだろう。そうなる前に人間が本当の意味で気付けば良いのだけれど.....。
そういえば、化石燃料は後数十年で枯渇するとも言われている。そうすれば我々人間が燃やすものも無くなってしまう。地球温暖化の大きな原因が一つ自然と解決されてしまうのかもしれない。結局、人間の営みなんて地球の歴史の中では一瞬でしかない。地球はもっと大きく緩やかな時間の流れの中にいる。人類の時間とは次元が違うのだ。地球がちょっと身震いしただけで、滅亡の危機に瀕してしまうようなちっぽけな人間が「地球にやさしく」なんて、なんとおこがましいことなんだろうかと思う。

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2010年6月 4日 (金)

立ち枯れ日本。

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近所で立ち枯れ(たちあがれ)日本を発見!
暑い日差しを避けて木陰でのんびりな感じがそれっぽい。それにしてもこんなところに駐車していいのか?それから、後ろの方にある球体のオブジェ、バックミラーには映りにくいので気をつけて!塗装がこびりついているのを見ればわかるように、よくこのオブジェに擦ってしまう車がいます。がんばれ!じいちゃん!

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2010年6月 3日 (木)

ホリュームを変えれない人がいる。

今朝の通勤時、乗り合わせた地下鉄の中、それこそ車両の端まで届きそうなくらい大きな声で「普通」にしゃべる若者がいた。彼は別に大声ではしゃいでいる訳じゃない。ましてや、朝の電車なので、酔っ払って制御が効かなくなっている訳でもない。ただ単に地声が大きいだけだ。話している内容もいたって普通の日常会話、別に熱がこもって盛り上がる内容でもなさそうだ。周りの雑音が大きく、話し声が聞き取りにくい状況でもない。では、なぜ、彼の声はこんなにもでかいのか?彼にとってこの声量はいたって普通、特に大声を出している意識はなさそうだ。もしかしたら、彼は何か耳に障害を持っていて聞き取りにくく、その影響で声が大きくなってしまうのか?とも考えたが、一緒にいる友達らしき人物の声はいたって普通で、その声が聞き取りにくいというようなそぶりも無い。やはり、ただ、地声がでかいだけだ。そんな彼が酔って騒ぎ出した時はどうなるんだろうかと想像しただけで、同席したく無い。いやいや、同席することは無いだろうが、同じ店には間違っても行きたくない。思えば彼のように声の大きい人は世の中にもたまにいる。居酒屋でけたたましく大声で笑う輩に遭遇することもしばしばだ。そんな彼等は、どうしてそんなに声がでかいんだろう?いや、どうしてそんなに大きな声でしゃべらなければいけないんだろうか?まるでローギヤでアクセルをいっぱい踏み込んでいるよう状況だ。少しギアを上げて、静かに走れば良いのに。結局のところ彼等はその時、自分が置かれている場というものに神経を馳せられない、周りの人の事を考えられない人種なのかもしれない。
小さい頃、大声を出したら、父親に「野中の一軒家じゃないんだから、もっと静かに喋れ、別に大声を出さなくても聞こえるから。」と窘められた事を思い出した。彼にはそう言ってくれる大人が周りにいなかったんだろうか?それはそれで不幸な事だ。
しかし、たかが声のでかい人物と遭遇しただけでこんな事を考えてしまう自分もどこか変なのかもしれないと反省。

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2010年6月 2日 (水)

リスクを怖がる社会は成長しない。

アップルの株価時価総額がMicrosoftを抜いて世界第一位になった。それはつまり、ホリエモンが目指した世界トップのIT企業になったという事だ。一時はライバルMicrosoftに援助してもらってどうにか存続できたほどの危うい経営状態がたったアップルが数年で、どうしてこんなにも成長できたんだろうか?そんなアップルの原動力になったのは、お家芸のパソコンではない。確かにそれまでの常識を覆すカラーバリエーションを持ったiMacや、先進的なOSXなど次々とヒットは出したが、パソコンシェアでは今でも微々たるもんだ。アップルをここまで躍進させたのは誰もが知っているiPodだろう。日本人として思う。なぜ、SONYは、iPodを作れなかったのだろうか?なぜ、iPadを作れなかったのだろうか?ウォークマンをヒットさせたSONYはどこに行ってしまったんだろうか?ウォークマン発売当時のSONYはまだ、後発の電器メーカーだった、市場は巨人松下を始め数多くの家電メーカーが制覇していた。そこに一石を投じるためには、リスクを背負った商品を世に送り出す決断ではなかっただろうか?その後のSONYの成長は誰もが知るところだろう。しかし、SONYはiPodを作る事が出来なかった。SONYほどの企業が技術的に発想的にiPodに行き着けないはずはない。事実、市場に投入はされなかったものの、研究開発はされていたと聞いた事がある。市販出来なかった理由は、トップが先を見る事が出来ず、リスクを負う決断が出来なかったからではないだろうか。ウォークマンを発売した当時のトップなら間違いなく決断できたろう。先進的な企業も二代目、三代目とトップが入れ替わるたび、リスクを恐れ、サラリーマンになって行く。サラリーマンが悪い訳じゃない。トップがサラリーマンではいけないだけだ。重大な決断であればあるほど、大人数では結論に至らない。人は集まれば集まるほど物事を決められなくなる。それは、今の政治をみれば一目瞭然だろう。やはりワンマンなトップが必要なんだと思う。
長い不況の中、テレビでは、最近の若者は安定思考で起業より公務員を目指すという。リーダーになりたい人が減っているという。たしかにそうだろう。でも、数年前の起業ブームは加熱しすぎていただけだとも思う。リーダーを目指す人が減っただけで、リーダー自体はそんなに減っていないのかもしれない。だって、そもそもリーダーになれる人なんてほんの一握りなんだから。

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2010年6月 1日 (火)

APS-Cと超広角レンズ。

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来週からのイスラエル旅行に向けて、超広角レンズを手に入れた。Canon EF-S10-22 F/3.5-4.5 USMだ。私の愛機Canon EOS7Dは、APS-Cなので、このレンズは前から手に入れたいと思っていた。デジー(でじいちと読む/デジタル一眼レフの略)を使っている人ならわかるが、このAPS-Cというのは、デジカメの心臓部CCDのサイズのことで、APS-Cは、35mmフィルムの約60%のサイズの映像素子。EOS 5Dはフルサイズなので、問題ないが、カメラの機構としてレンズを通した画像がカメラ内部で像をむすぶ大きさに変わりはない。したがって、APS-C(60%)の大きさだとフルサイズの中心部60%の像になり、まわりが削り取られて中心部が拡大されることになる。この結果、レンズの規格を表す50mmとか100mmとかというのを1.6倍ほどしたサイズになると理解しなくてはいけない。つまり、200mmの望遠レンズは、320mmほどになるということだ。原寸を50mmくらいと考えれば、200mmという4倍の望遠レンズが、6倍になる。望遠側だけを見るとなんだか得した気分になるが、広角になると話が違ってくる。24mmというワイドレンズが、38mmになってしまう。これでは広角の効果が薄い。そこで、より広角なレンズが必要になってくる。今回購入した10-22mmのズームレンズは、広角側が16mmになるので、やっと本来の広角らしい絵作りができる。
この新しい武器で、広大な風景を撮ってこようと思っている。今月末にはこのレンズで撮ったイスラエルの風景をどんどん発表していきたいと思います。乞うご期待!

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