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2010年3月11日 (木)

比較するから本質が見えてくる。

絵を描く事【其の弐】

先日のエントリーで絵を描くことの本質はモノを見ることだという私の説を書いた。今回はさらにそれを掘り下げてみようと思う。
本質を見極めるということは、ある意味、比較対称することから始まる。誰でも新しいことに直面した時、まず最初にすることは、自分の経験や記憶と照らし合わせ、その違いからそのものを理解しようとする。「食べたこのない味だ。」「今まで見た事もないくらい大きい。」とか表現するのはあきらかに自分の経験と比較している。例えば、外国を旅行し、初めて食べた果物を、「これはバナナに似ているけど、もっとクリーミーだ。」とか、「チーズと生クリームを合わせたようだ。」とか、思ったことはないだろうか?そうして、過去に自分が食べたものと比較することによって表現を決め、その名前とともに記憶に残そうとする。大きな建物なら、「東京タワーとどっちがでかいかなぁ?」と比較することもあるだろう。よく「この敷地は東京ドーム15個分です。」とか表現するのも同じことだ。皆が想像できる比較対称をあげることで、その大きさを表現する。だれも、「うちの隣にある運動場30個分」とか「裏山が3個分」とか、「僕が夢で見た大きな池の半分くらいだ」といような共通認識できないものとは比較しない。それは比較しても他人には伝わらない意味の無い事だからだ。
たとえば、似顔絵を描く時、大事なことはなんだろう?上手な似顔絵はいかに相手の特徴をつかむかにかかっている。「丸顔だ」「顎がしゃくれている」「えらがはってる」「鷲鼻だ」「眼鏡をかけてる」「目がとにかく大きい」「スキンヘッドだ」「ヒゲがある」「ホクロがある」「福耳だ」「いつも口をへの字に曲げている」などなど、とにかくその人が「普通」とは違う箇所を見つけ出し、それを少し誇張してあげれば立派な似顔絵になる。その特徴が「普通の人」と違えば違うほど、似顔絵は似てくる。よく、ととのった顔は似顔絵が描きにくいと言われるのは、「普通」とは違う特徴が少ないからだ。そう、ここで大事になってくるのは、「普通の顔」の記憶にある。人とは違う特徴を見つけ出すためには、だれもが思う「一般的な顔」をしっかりと知らなければならない。その基準顔と目の前にいる人を比較するからこそ、皆が「似てるぅ〜」と言ってくれる似顔絵ができあがる。結局のところ、誰もがその「普通(他人)」とは違う部分を知らず知らずのうちに認識はしている。だからこそ、見分けがつくし、区別ができるのだが、意識して記憶している訳では無いので、何も見ずに思い描くことはなかなか難しい。上手な似顔絵を見て初めて、「そうそう、こんな感じ、似てるぅ〜。」となるのだ。
ここで言う上手さとは、絵を描く技術だけではない。どんなに卓越した技術を持っていても、必ず上手い似顔絵がかけるとは限らない。絵は上手くなくても似顔絵は抜群に似ているという人もたくさんいる。そういう人たちは、絵を描く力を訓練したのではなく、見る力を磨いたんだと思う。

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