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2010年3月 6日 (土)

人が多くなるとマナーが悪くなる。

「撮り鉄」(鉄道ファンの中でも鉄道写真を撮る人々)のマナーの悪さが問題になっている。中には線路に入って電車を止めてしまうけしからん輩もいるという。昔から鉄道ファンはいるが、なぜか最近、鉄道ブームが再燃している。どちらかというとデジタルカメラの爆発的な普及で、本来、鉄道ファンではない人々が獲物を求めているうちに鉄道に行き付いたようにも感じられる。それを裏付けるのが「葬式鉄」と呼ばれる引退する列車のみを追いかけるに行く、お祭り騒ぎ的な撮り鉄の増加ではないだろうか。
その昔、まだ「おたく」という言葉が認知される以前から、鉄道ファンは存在した。どちらかというとマニアックで根暗なイメージが強かったが、誰に迷惑をかけるでも無くただ淡々と列車を追いかけていたように思う。そこにはマニアとしてのプライドとマナーが存在していた。何事にも言える事だが、ブームというものは、そんな節度ある暗黙の了解をぶち壊しにしてしまう。後からはいってきた人は、充分その暗黙の了解を学ぶ前に現場に出ていってしまう。あるいはそもそもそんなことお構いなしで我先に先頭に立とうとする。そこで、昔からのファンとの間に軋轢が生れるし、一般の人々に多大なる迷惑をかける事になる。
本来、マナーとは人と接する際、相手が不快な思いをしないように気をつける事。決まった様式をただトレースする事ではなく、あくまでも周りに対する配慮ということだ。ひきこもりする人には必要ない。逆に人が増えれば増えるほどマナーは必要になってくる。筈だ。残念ながら現状では、人が増えれば増えるほどマナー意識は低下していく。もちろん、人が増えるという事は、そういう「躾け」がされていない野暮な輩も増えるという事もあると思うが、赤信号みんなで渡れば怖くない的な、無法状態が生れてしまう要因にもなるのだろう。
現代は、昔と違って、人々がいろんな事に参加できる自由を得た。これはとても良い事なのだと思うが、自由とは何をやっても良いという事ではない。自らを由(よし)とするということは、自らを律するということだと。自由だからこそ、自由を主張するのだからこそ、相手の自由も尊重し、それを害することは避けなければならない。それがマナーではないだろうか?

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コメント

管理人さんの意見
ご尤もです

俄鉄ヲタやDQN撮り鉄ヲタの追放運動を
本気でやらないといけないかもしれません…

投稿: DQN撮り鉄ヲタ追放を! | 2010年3月 6日 (土) 13時44分

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