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2010年3月12日 (金)

無くしたものは何?

今週、愛用のマシンが壊れた。このMacを使い始めて約2年、とはいえ、最近のMacは、移行アシスタントのおかげで、新しいマシンを買っても常に環境は移行され続けてきているので、マシンは2年でも、その中身は5、6、7年前から蓄積されてきたものが詰まっていた。いつもHDDがカリカリいってるくらい酷使してきたマシン、こいつで、実にたくさんのものを作ってきた。仕事も作品も、写真もありとあらゆるものがこのマシンに詰まっていた。今は沈黙してうんともすんとも言わない。7割くらいはバックアップをとってあったのは不幸中の幸い。壊れたHDDは、データのサルベージに出しているが、のこり3割は戻って来ないかもしれない。
無くしたものは大きく、仕事に関しては、今、大変な思いで作り直していたりするが、不思議と現実感が無い。それは、無くしたものがデータという形の無い物だからだろうか?壊れたマシンは単なる器で、これまた愛着が薄い。愛用のものが壊れたり無くなったりすることは今までもいろいろ経験してきた。バイクも車も筆やペンや時計や三角定規やおもちゃまで、いろんなものに別れを告げて人間は成長していく。その都度悲しんだり悔しがったり怒りを覚えたり、感謝の気持ちでいっぱいになったりしてきた。でも、今回はなんだか違う気がする。このHDDには、今まで無くしてきたもの以上にたくさんのものが詰まっていたはずだが、たくさんありすぎて思い出せない。形の無いものが無くなるというのはどういうことなんだろうか?気持ちとか思い出もたしかに形は無いが、それには必ず、対象となる人やものという現実が存在する。データは、それらとは違う。いや、違う気がする。
ありすぎて思い出せないことと、形がなく実感が湧かないこと、手に取れないものが、手からこぼれていってしまったことにリアルさは乏しい。それでも、明日から、また、無くしたデータを思い出しながら、仕事をしなけりゃならないという現実は待っている。
あぁあ、ちゃんとバックアップとっときゃよかった。でも、なんとなく引きずられていた過去と意外にあっさり別れを告げられたような気もする。たまりすぎたデータを、いい加減整理しなくちゃと思いながら、なかなかできていなかったこと。たぶん、HDDの隅っこにはそんなゴミのようなデータがたくさん埋もれていたことだろう。何となく身も軽くなり、新たな気持ちで、また、たくさんのものを作っていけるような気がして、軽やかささえ感じる。まるで、新しい街に引っ越したときのような期待と不安が入り混じった新しい気持ちだ!

これって開き直り?いやいや、僕って前向きだなぁ。

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コメント

すごーく大変な事が起こったように思いますが、リアリティがないという感覚よく分かります!データーでもそうですし、人に至ってもそういう事ありますからね〜。滞りなく仕事が進むことを祈念しております。
名古屋はお疲れさまでした。そして、ありがとうございました。

投稿: nakashimaya | 2010年3月13日 (土) 01時32分

ありがとうございます。
ご心配おかけしました。今のところ、どうにかなっております。さすがに先週は大忙しでしたが。

投稿: oka | 2010年3月15日 (月) 10時44分

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