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2010年3月 7日 (日)

泳げないのに溺れている人を助けるため海に飛び込むのは迷惑?

目の前で人が溺れている時、だれもが、その人を助けようとするだろう。では、自分が泳げなくても飛び込んで助けようとすることは美談になるだろうか?
そんなことはない、文字どおり、かえって足を引っ張ることになりかねないし、それこそ二重遭難になる。それでも、そんな危機的状況では、何かをせずにはいられないのが人情というもの。その無謀な行為によって溺れていた人に冷静さが戻り、助ける方が助けられたりするかもしれないし、騒ぎが大きくなって救助隊が駆けつけてくるれるかもしれない。それもこれも溺れている人が助かってのこと。二人とも助かれば、なお良い。美談にもなるし、感謝もされるだろうが、二人とも沈んでしまえば、ただの無謀な馬鹿者に成り下がる。
こういうことは、仕事でもよくある話。自分が泳げるかどうか誰しもよくわかっているが、仕事に関しては、できると思い込んでるだけの人がいる。できないながらも、何とかしようと手を差し伸べてくれる人は、ありがたくもあるが、できないのにできると思い込んでしゃしゃり出てくる輩は始末が悪い。最近も、身近でそういう話を聞いた。残念ながらその仕事はなくなってしまったそうだ。
吉田拓郎の「イメージの詩」にこんな一節がある。
「古い船を今動かせるのは古い水夫じゃないだろう。なぜなら古い船も新しい船のように、新しい海へ出る。古い水夫は知っているのさ、新しい海の怖さを。」
歳を重ね、経験を積んできた者は、そこんところをちゃんと考えなければならないし、それを解決できる知恵も持ち合わせていなければならない。今以上歳を重ねる前にちゃんと考えておきたい。もちろん、時には冒険する事も大事だが、身の程を知る事はもっと大事な気がする。

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