« これでもビルです! | トップページ | えっ、東京タワー? »

2010年1月19日 (火)

忘れないうちに書かなくちゃ。

顔はわかるのに名前は思い出せない事が多い。昨日の晩ご飯に何を食べたかも思い出せない事がある。やっぱり年のせいかなぁ?

いえいえ、ご心配なく、これらの事は脳にとって当たり前の事、心配する事はありません。ましてや年のせいでもありません。そもそも脳とは忘れる器官で。努力しないと記憶は出来ないらしい。つまり脳は、必要な事しか覚えておかないようになっている。昨日の夜食べたものが何であるかは、脳にとってたいして大事な事ではない。忘れたからといって命の危険は無いので、記憶はしないだけだ。

また、顔と名前が一致しないのもちゃんとした理由がある。そもそも顔を記憶するという機能は、人間がまだ猿だった時代から備わっている能力で、ちょうどこめかみのあたりにある。しかもこの部分、顔を記憶するためだけの働きをする特殊な器官。群れで生活する我々にとって顔を識別するという事は重要だったと考えられる。それに対して名前を覚えるということは、ずっと後になってから備わった能力だ。そもそも、名前を付けて識別するという知恵は、言語が確立して初めて成立することだから、人間の歴史の中ではつい最近出来るようになったにすぎない。目の前にいる人が誰なのかは、顔を識別するだけで事足りる。その人が自分に害を為す者なのか、仲間なのか、親なのか、子供なのか?命の危険、生き抜くための情報として、名前はさして重要じゃない。だから、顔は覚えていても名前が出てこないのはしょうがない。

これらの脳の意思(?)から考えると、記憶力を上げるためには、褒める事が重要になってくる。例えば、子供が何かを覚えられた時、心から褒めてやる。そうすれば、いま覚えた事には「意味がある」と脳が判断し、深く記憶に留めようとする。だから、記憶に残るのである。人間は、とても敏感なセンサーを持っているので、この「心から」というところが最も大事らしい。うわべだけでは意味がない。それに対して、記憶できなかった事を叱る事は、逆効果。覚えなかった事と叱られた事、脳にとってどちらが意味のある事かと考えれば、「叱られた」ということの方が身の危険に通じるので、「叱られた事」だけを覚えてしまう。

このように、脳は、とても知的な器官にみえるが、実のところ生命を優先する、とても根源的な器官なんだと思う。人間が死ぬ寸前に、過去の事を走馬灯のように思い出すといわれるが、あれも、最後の瞬間、命の危険、危機的状態に陥った脳が、過去の記憶を猛スピードで検索し、生き残るすべを探しているという説もある。その瞬間、おそらく人間の脳は、人生の中で最も働くのかもしれない。

こうやって考えてみると、なんだか脳って、可愛いやつにみえてくる。ぶきっちょで頑固で、寝てる間もそれなりに働き、いろんなことを忘れちゃうけど、彼は彼なりに一生懸命なんだと思う。こんな脳を可愛く思うなら、ちゃんと朝ご飯は食べよう。脳にとっての栄養は、ブドウ糖しかない。このブドウ糖、体内では12時間程度しか保管が出来ない。つまり、晩ご飯を食べてから朝までの間に、ブドウ糖は、体内からほとんど無くなってしまう。朝の脳は飢餓状態にあるのだ。ガソリンが無ければ車も走らないのと同じで、脳も働かなくなってしまう。脳のために朝ご飯はきちんと食べてやろう。必要なのはブドウ糖なので、でんぷんや炭水化物がいい。朝から血の滴るような厚切りステーキをご馳走してやってもたいして喜ばれないと思う。

さあ、今朝は朝ご飯もちゃんと食べたし、忘れないうちに書かなくちゃ。

|

« これでもビルです! | トップページ | えっ、東京タワー? »

コラム・独り言」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1216618/33027931

この記事へのトラックバック一覧です: 忘れないうちに書かなくちゃ。:

« これでもビルです! | トップページ | えっ、東京タワー? »