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2010年1月31日 (日)

づぼらやと蟹道楽のプー。

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ご当地モノもここまできたかという逸品。しかもUFOキャッチャー!
「かに&ふぐプーさん」と表現されてはいますが、どう見ても蟹道楽とづぼらやをまとったくまのプーさんです。おそらく三者のどこからも許可を得ていないのではないかと思われるたたずまい。蟹道楽とづぼらやはまだしも、ぜったいディズニーは許さないでしょう。UFOキャッチャー内の装飾も、思いっきり手づくり感満載で最高です!こんなものを見られるから大阪はやめられまへん!

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2010年1月30日 (土)

やっぱりAppleはすごい!

ここ数日は、Appleが発表したiPadの話題が、ネットだけじゃなくテレビでも大きく取り上げられている。私自身が興味を持って見守っているから細かい事でも目に付くのかもしれないが、おそらくそれだけじゃない。細かな製品詳細やそれに対するコメントは、巷に溢れているニュースやブログにお任せするとして、この現象はすごい!

もちろん、すべてが称賛の声ではないし、落胆や問題点の指摘まで、実に様々な意見が飛び交っている。それだけ皆の期待が大きかったんだと思う。こうして見てみるとAppleのすごいところは、革新的なモノづくりができるところではない。技術的な部分だけを見れば、最先端をいってるわけではないし、SONYなど日本メーカーの方が優れている部分は多い。違うのは、その製品を使うシーンを想像できる事にあるのだと思う。製品という言葉を使うのも硬い感じがする。iPodのCMを覚えているだろうか、そこに登場する人々は、ただただ楽しそうに、それはもう、うらやましいくらいカッコよく使っていただけだ。スペック的には何曲入るかぐらいで、その性能についてはほとんど触れていなかった。製品本体をアピールするのではなく、それを使っているシーンをアピールしていた。このことがすべてを物語っているように思う。Appleの提案に一貫しているのは、「生活を楽しむ。」ということ。その製品がいかに優れているかではない。その製品を使うと、どれだけ生活が楽しくなるかという事だ。

それを実現するために工夫されるところは、最先端の技術革新ではない。組み合わせの妙と割り切りの潔さで、解決してしまう。そうして生活革新をやってのける。結局、彼らは技術者の目では見ていないんだと思う。日本のメーカーが、遅れている部分があるとすれば、まさにそこだろう。生活の中で使うものなら、どんなに優れたスペックでも、新しい技術でも、楽しくなければ欲しいと思えない。特定の層では、スペック偏重で、とにかく数値を重視するところもあるが、それらは全体のごく一部だ。そんなかれらに最も近い人種は、技術者ではないだろうか?技術立国日本は、その名の通り、技術者が製品を開発する。あたりまえのことだが、彼らにとって重要なのは「技術」だ。生活の中の楽しさではない。もちろん、彼らも一生懸命マーケティングをし、皆が楽しく思えるものを作ろうともしているだろう。しかし、結局のところ、どんなに市場調査しようが、大事なのは、自分が使いたいかどうかというものさしじゃないかと思う。残念ながら、技術者の使いたいものさしは、技術者のものさしである。だから、ごく一部のスペックを追い求める層からは支持されるが、一般的にはなかなか難しい。同じように技術者の集団であるはずのAppleが、なぜ、違うものさしを使えるのかはわからないが、間違いなく彼らは、違うものさしを持っている。そして、そのものさしは、我々のものさしに近いんだと思う。

衝撃が過ぎ去った後のiPadの記事で、目立ってくるのは、カメラがついてないとか、あれができないこれもできない。スペック的にはたいしたことないとか、これなら日本のメーカーの方がもっと(技術的に)優れたものをつくれるとか、何に使うかわからないとか、そういう技術的な話に移行してくるだろう。

私的には、そんなことはどうでもいい。
とにかく使ってみたい。手に入れたい。iPhoneが発表された時も同じようにカメラが良くないとか、技術的な酷評は多かったが、使ってみると、そんなことはどうでも良くなった。とにかく触っているだけで楽しいし、便利だ。きっとiPadもそんな新しい生活の楽しみを与えてくれるんじゃないだろうかと、今からわくわくしている。

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2010年1月29日 (金)

あどべんちゃあわーるど大阪:第2弾

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やっぱり大阪はおもろい!
年末に行った大阪で撮りためた写真がまだまだ残っていたので一挙放出!ミナミ編です。
食い倒れ太郎も戻ってきて、久しぶりに訪れた大阪ミナミは、さらにパワーアップしていました。もはやテーマパークそのもの。大蛸のたこ焼きも食べ、ただふらふらと散歩するだけで力がみなぎってくる感じがしました。

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2010年1月28日 (木)

リーゼント。

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玄関は、人間でいうと顔のようなもの。さしずめこれは「リーゼント」でしょうか?それとも1/9分け?

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2010年1月27日 (水)

もうすぐ、そこまで来ています。

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今年もいろんなことがあった冬だけど、春はもうすぐそこまできています。みんなそろって春を迎えられる喜び、何よりこの冷たく寒い冬を乗り越えられたことに幸せを感じます。何があっても春になれば花は咲きます。自然は、淡々と春を迎える準備をしているようです。「春よ来い。はぁやく来い、、、。」

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2010年1月26日 (火)

例えが変。

マスコミでは、小沢さんの推測でいっぱいだ。断っておくが、私は小沢さんを支持している訳でもなく、ましてや擁護するつもりも無い。真相は真実のみであって、それ以上でも以下でも無い。それにしても、ここ数日の報道をみていると、ありとあらゆる推測が飛び交っている。本人が口を閉ざし、地検は捜査上の秘と個人情報保護のため最小限の発表に留めているはずなので、報道されているそのほとんどが、推測、想像でしか無い。「元」検事だとか、「元」警察官部だとか、東京地検「OB」だとかが「私の経験では、、、」とか、最もらしくコメントしているが、それらすべては推測でしか無い。ましてや、匿名で、顔を隠した「元」関係者や「元」職員なんていうのは、もっと怪しい。
賢そうにコメントするタレント達は、独自の調査機関を持っている訳でもなく、裏で関係者から情報を得られている訳でもないので、それら推測報道を見てコメントしているに過ぎない。推測に想像が上乗せされ、もはや空想になりつつある。冷静に分析すれば、そこに実証された事実が如何に少ないかは容易にわかるだろう。まるで、どもまで食べても身に行きつかない大きなエビ天のようだ。
それにしても、このテレビによく現れる「元◯◯」という人々、それなりの地位にあり、責任を持った人であればあるほど、テレビに出て推測でものをいうべきでは無いと思う。警察関係者なら、なおさらだ。そもそも捜査とは確実な証拠に基づき、私情や私見を排除して公明世代な視点で真実を追及して行くものではないか。それが、「新聞や最近のマスコミの報道から推測すると、、、。」「私の経験から判断すると、、、。」なんて、どうして言えるのだろうか?それだけで胡散くさい。
匿名で、顔はモザイク、声も変えてあるような、元関係者や、元側近の発言を(よく聞いていると、こちらも想像や推測が本当に多い)どうして信頼できようか?タレントにいたっては、単なる私見であり、なんの裏付けも無い。中には、政治家は、普通の会社でいうと、社長みたいなものでしょう、秘書のやったことを知らない訳無いでしょうとか、そんなことやってたら、普通の会社じゃ倒産ですよとか言うけれど、そもそも政治家と社長を比較することはナンセンス。例えが変じゃないですか?
そんなマスコミも、世論調査で、政治とカネの問題も大事だが、それより今の不況を何とかして欲しいと調査結果が出れば、早くこの問題を解決して国会ではもっと急がなければならない議論を期待したいものですと締めくくる。それより質が悪いのは、野党に下った自民党だ。検察が捜査しているのだから、プロでもないあんたらが、大事な国会の会期を使って選挙用のパフォーマンスはやめて欲しい。

まるで、UFOは、宇宙人の乗り物か?を真剣に議論しているようで、永遠に平行線な番組でも見ているようだ。

でも、このひと騒動が、田中、金丸という二人に師事した小沢さんの地検に対する報復で、引っ張るだけ引っ張っておいて、完璧な無実の証拠が出てきて地検の面子が丸つぶれといった、綿密に計画して仕掛けられた陰謀だったりしたらドラマっぽくって面白いんだけどなぁ。

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2010年1月25日 (月)

蝉!

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こんな時期に本物の蝉がいるわけではありません。京都、蓮華寺の閂(かんぬき)に施された装飾。金網で保護されているのが残念ですが、昔の人の遊び心には、いつも感心させられます。

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2010年1月24日 (日)

蓮華寺の庭。

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私が好きな、落ち着ける京都のお寺No.1の蓮華寺。いつ行っても空いてるということもあり、この広間でのんびりとした時間を過ごせるお気に入りの場所です。ここの柱は計算され尽くされていて、ある場所に座ると、柱同士が重なり、柱の本数が少なく見えます。暖かい時期には、前の池にカワセミが飛んできたりしますし、四季折々の表情を見せてくれます。ここに座って時間の流れを忘れ、日ごろの喧騒から離れ、精神を落ち着かせた後、次の間で、お抹茶をいただきます。こんな贅沢な時間を過ごせる場所は、他には、なかなかありません。大勢で押し寄せると興ざめですので、ひとりか二人でいかれる事をお奨めします。

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2010年1月23日 (土)

【crane file : 029】六本木の裏に。

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あまり知られていないかもしれませんが、六本木の裏には墓地があります。それなりに大きな墓地です。ドンキの脇を入っていくとすぐです。坂の下に臨むぽっかり穴が開いたような、華やかな表通りと対比的な空間です。其の墓地の向こう側では、再開発が始まっているのでしょう。大型のクレーンが見えます。墓地と大型クレーン、不思議な取り合わせです。

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2010年1月22日 (金)

老眼と遠視は違う!

2年程前、突然、近くのものが見えにくくなった事に気がついた。元々、左右とも1.5と、目だけは良かったのでぼけるというのは、初体験だった。気がついたのは、爪を切る時。なんだか爪切りが定まらない。目を近づけたらさらにぼけぼけで見えない。「これが老眼ってやつか?」と寄る年波には勝てない自分の身体と、この先、のんびり付き合っていかなきゃなと覚悟を決めた。早速、メガネを作りに行き、視力に合わせて老眼鏡を作った。仕事中は、小さいものは画面で拡大して見るので眼鏡はかけないで事足りている。基本的に老眼鏡をかけるのは本を読む時と能面を打つ時だけ。携帯もiPhoneなので、画面を拡大して見る。薄暗くおしゃれでムーディなお店で食事する時は、メニューの文字が読めないので不便に感じるが、そんなお店にもあまり行かないので、普段は簡易型のルーペのようなものだけ携帯し、眼鏡は持ち歩いていない。そんなこんなで同年代の友達とは、お互いの老眼自慢をし、傷を舐め合いながら「まぁ、年だからしょうがないねぇ。」とか若い人にはわざとわざと老眼を自慢して同情をかったりして日々安穏に暮らしてきた。

その認識が間違いであった事に気付いたのは昨年末、どうにも目が疲れると思って一念発起、眼科に行ってみたときのこと。目が疲れるのは、(これまた歳のせいで)涙が乾かないよう目に潤滑油のようなものを供給する腺が詰まり始めているのが原因で、これはだれもが「歳」をとるとなるから特に心配する必要はないという顛末だった。ひと通り視力の検査をし、先生の元に戻ったら先生が、

(先生)「「岡さんは、遠視ですね。」
(私 )「はい、最近、老眼で....。」
(先生)「老眼と遠視は違いますよ。」(きっぱり)
(私 )「はぁ?」
(先生)「いいですか?老眼はね・・・・。」

セリフで書いていると長くなるので要約しますが、老眼とは水晶体が老化によって機能低下し、厚みを出せなくなるので焦点が合わない症状。遠くは見えるが近くが見えない。遠視とは、眼軸(眼球の前後の距離)が短過ぎて網膜で焦点が合わない状態。ちなみに近視はこの逆で眼軸が長過ぎて網膜の手前で像を結んでしまう状態。

(・・・そうか、老眼じゃなくて遠視だったんだ・・・とか思っていると)

(先生)「若い頃から遠視だったと思いますが・・・」
(私 )(・・・え?若い頃から???若い頃は近くも見えてたよ???)
(先生)「若い頃は水晶体も若いですから、がんばって膨らまして焦点を合わせてたんですよ。」
(私 )「はぁ、(がんばってたんだ、私の水晶体)」
(先生)「それが、加齢で、水晶体が合わせられなくなってきたんですよ。」
(私 )(・・・なるほど加齢で、、、って、結局、歳のせいじゃないか!)

というわけで、私の目はどうやら遠視ということに落ち着きました。結局のところ歳のせいなので、気持ち的には、老眼とどう変わるのか微妙ですが、遠視の矯正には四六時中眼鏡をかけないといけなくなります。(そうすると肩の凝りや首の凝りも軽減されるかも?という朗報もありますが・・・)何ヶ月後日にお会いする時には、私の眼鏡姿が見られると思いますので、乞うご期待。

これがわかってからというもの、身近な老眼の同志には、合うたびに老眼じゃなくて遠視かもしれないよ!一度眼科に行ってみたら?と勧めまくっています。

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2010年1月21日 (木)

難を転じて福となす!

南天は、昔から「難を転じる」という語呂合わせからお目出度い、厄払いとして飾られる事が多い。福寿草とセットにして、「難を転じて福となす。」とすると、さらにお目出度い。この語呂合わせというものが日本人は大好きで、目出度い(鯛/タイ)、喜ぶ(昆布/コブ)などあちらこちらでお目にかかる。そもそもは駄洒落だが、言葉の音そのものに意味があると考えられる「言霊」(思想)も伺える。そう言うと、単なる駄洒落にも「いんてりじぇんす」が感じられてしまうから不思議だ。
もちろん南天(なんてん)という植物の名前が、「難を転じる」からというところから名付けられたのではない(たぶん)。中国名の南天竹(竹のように群生する様子から)をそのままいただいて名付けられたらしい。それを「難を転じる」と語呂合わせしたセンスは素晴らしいが、そもそもの名前も勝手に人間が付けたものだし、本当に難を転じるかどうかわかったもんじゃない。福寿草にいたっては、「福」しかあってない。いっその事、茄子(ナス)もいっしょに飾ろうか?いやいやそれじゃあ絵にならない。
それでも、南天は古くから薬草としても重宝されているし、南天のど飴は超有名だ。南天の木で作られた箸は、食中毒をおこさないといわれ、重宝されている。たしかに効用のある植物かもしれないが、だからといって「難を転じる」説得力には欠ける。まぁ、お目出度い事なので、あまりけちをつけるのもよろしくない。

この語呂合わせ、素敵なものもある。博打場では、スルメは「擦る目」に通じるとして縁起が悪いので、アタリメ(当たり目)と呼ぶ。これなんか、なかなか洒落てる。お酒では、二升五合を升升半升(ますますはんじょう)益々繁盛として商売の向きには縁起がいいと考えられる。(ちょっと苦しい)
「春夏冬」で、秋無いから「商い」(あきない)とか、だんだんきつくなる。

覚えにくい数字を覚えるために使う事も多い。年号や元素記号なんか、語呂合わせで覚えた人も多いだろう。いろいろ探していたら、円周率を語呂合わせで覚える方法が見つかった。

ご存知のように円周率は、3.141592653 5897932384 6264338327 95028841971.....
10桁までなら、「さんてんいちよん異国に婿さん」
39桁では、「産医師異国に向こう 産後薬なく産に産婆四郎次郎死産 産婆産に泣く 御礼には早よ行くな」
40桁なら、「産医師異国に向こう産後厄なく産婦宮代に虫散々闇に鳴くこれに母養育ない」

もはや、かえって覚えにくい。たとえ覚えたとしても、それを数字に戻すのがまたやっかいだ。

それでも、
18782+18782=37564(嫌な奴+嫌な奴=皆殺し)は、偶然にしては出来過ぎなくらいの偶然だ!
いやいや、これは単なる偶然じゃない、神が与えたもうた警告だ。きっとほかにも隠されたサインがあるに違いないとか、大騒ぎしないように。これは、あくまで、日本語ローカルですから。

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2010年1月20日 (水)

えっ、東京タワー?

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それこそ、触れるくらい真下から撮った東京タワー。もはや何だかわかりません。でも、東京タワーってこんなに繊細だったんだ。と驚かされる一枚です。

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2010年1月19日 (火)

忘れないうちに書かなくちゃ。

顔はわかるのに名前は思い出せない事が多い。昨日の晩ご飯に何を食べたかも思い出せない事がある。やっぱり年のせいかなぁ?

いえいえ、ご心配なく、これらの事は脳にとって当たり前の事、心配する事はありません。ましてや年のせいでもありません。そもそも脳とは忘れる器官で。努力しないと記憶は出来ないらしい。つまり脳は、必要な事しか覚えておかないようになっている。昨日の夜食べたものが何であるかは、脳にとってたいして大事な事ではない。忘れたからといって命の危険は無いので、記憶はしないだけだ。

また、顔と名前が一致しないのもちゃんとした理由がある。そもそも顔を記憶するという機能は、人間がまだ猿だった時代から備わっている能力で、ちょうどこめかみのあたりにある。しかもこの部分、顔を記憶するためだけの働きをする特殊な器官。群れで生活する我々にとって顔を識別するという事は重要だったと考えられる。それに対して名前を覚えるということは、ずっと後になってから備わった能力だ。そもそも、名前を付けて識別するという知恵は、言語が確立して初めて成立することだから、人間の歴史の中ではつい最近出来るようになったにすぎない。目の前にいる人が誰なのかは、顔を識別するだけで事足りる。その人が自分に害を為す者なのか、仲間なのか、親なのか、子供なのか?命の危険、生き抜くための情報として、名前はさして重要じゃない。だから、顔は覚えていても名前が出てこないのはしょうがない。

これらの脳の意思(?)から考えると、記憶力を上げるためには、褒める事が重要になってくる。例えば、子供が何かを覚えられた時、心から褒めてやる。そうすれば、いま覚えた事には「意味がある」と脳が判断し、深く記憶に留めようとする。だから、記憶に残るのである。人間は、とても敏感なセンサーを持っているので、この「心から」というところが最も大事らしい。うわべだけでは意味がない。それに対して、記憶できなかった事を叱る事は、逆効果。覚えなかった事と叱られた事、脳にとってどちらが意味のある事かと考えれば、「叱られた」ということの方が身の危険に通じるので、「叱られた事」だけを覚えてしまう。

このように、脳は、とても知的な器官にみえるが、実のところ生命を優先する、とても根源的な器官なんだと思う。人間が死ぬ寸前に、過去の事を走馬灯のように思い出すといわれるが、あれも、最後の瞬間、命の危険、危機的状態に陥った脳が、過去の記憶を猛スピードで検索し、生き残るすべを探しているという説もある。その瞬間、おそらく人間の脳は、人生の中で最も働くのかもしれない。

こうやって考えてみると、なんだか脳って、可愛いやつにみえてくる。ぶきっちょで頑固で、寝てる間もそれなりに働き、いろんなことを忘れちゃうけど、彼は彼なりに一生懸命なんだと思う。こんな脳を可愛く思うなら、ちゃんと朝ご飯は食べよう。脳にとっての栄養は、ブドウ糖しかない。このブドウ糖、体内では12時間程度しか保管が出来ない。つまり、晩ご飯を食べてから朝までの間に、ブドウ糖は、体内からほとんど無くなってしまう。朝の脳は飢餓状態にあるのだ。ガソリンが無ければ車も走らないのと同じで、脳も働かなくなってしまう。脳のために朝ご飯はきちんと食べてやろう。必要なのはブドウ糖なので、でんぷんや炭水化物がいい。朝から血の滴るような厚切りステーキをご馳走してやってもたいして喜ばれないと思う。

さあ、今朝は朝ご飯もちゃんと食べたし、忘れないうちに書かなくちゃ。

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2010年1月18日 (月)

これでもビルです!

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何とも言えない質感と造形。これでもビルです。銀座にあります。一度中に入って窓から外の景色を見せてもらいたいです。ビルのオーナーさん。連絡乞う。

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2010年1月17日 (日)

本末転倒?

その昔、缶飲料のプルタブを集めて車椅子と交換するという善意の運動があった。小学校なんかでも実施されていたので、聞いた事がある人も、協力した事がある人も多いだろう。実はこれ、現在も進行形らしい。さらにそれが問題にもなってきている。

そもそもこの運動が始まった理由は、当時のプルタブの仕組みにあった。覚えている方も多いと思うが、昔のプルタブは、缶から外れる設計だった。(今は、開けてもプルタブは缶に残り、外れない。)缶から外れたプルタブは、あちらこちらに捨てられ、ゴミになった。モノが金属だから、あっちこっちにころがっていると危険だ。さらに、小さいもんだから集めるのも一苦労。缶本体をポイ捨てするのは、さすがに良心が痛むが、プルタブくらい小さいとその呵責も小さくなり、ついつい捨ててしまった諸兄も多いんじゃないだろうか?
そこで、この善意の運動が考えられた。プルタブを回収して業者に買い取ってもらい、その代金で車椅子を購入し、必要な人々に寄付するという、とても素晴らしい、一石二鳥の活動だった。発端は当時の人気歌手がパーソナリティを務めるラジオ番組だったらしい。

プルタブが缶から外れなくなった今となっては、この運動も下火になり、消え去ってしまっていたと思いきや、少なくはなったが、今も小学校など様々なところで行われているらしい。「でも、プルタブは外れないんでしょ?」そう、外れないから、無理やり外しているのが現状。

ここにきて、それが問題となってきている。持ち込まれたプルタブの受け取りに難色を示す回収業者が増えてきたのだ。各々の言い分は以下の通り。

受け取る回収業者などでつくられているアルミ缶リサイクル協会側では、プルタブだけより、缶も一緒の方が処理がしやすいし、価値も40倍になるため缶ごとの回収を求めている。これはもっともな話だ。くっついているプルタブをわざわざ外して持ち込まれるより、空き缶丸ごとの方が効率が良い。何よりプルタブを無理やり外すのは危険だ。

プルタブを集めている側の言い分は、缶ごとだと、缶に残った飲み物などの匂いがあり、集積場所に困る。その点、プルタブだけだと場所も取らないし匂いもない。

それぞれの言い分はわからないでもないが、そもそもの発端を考えてみよう。時代が変わり環境が変われば、それによって対処法を変えていくべきだと思う。それが進歩ではないだろうか?

もうひとつ、いろいろ試行錯誤して、缶から外れないプルタブを考案した人のことも考えよう。外れないプルタブって、すごい発明だと思う。それをわざわざ危険を冒してまで外すのは本末転倒ではないだろうか?
しかし、この問題、お互いが善意なので、さらに問題をややこしくしてしまっているような気がする。

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2010年1月16日 (土)

寄生?侵食?

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シュロの木が、何かの木に完全に侵食されていました。葉が落ちた今となっては、侵食している方がなんという木なのか私にはわかりません。夏の間は、葉が茂っていたせいか、こういう状態になっているとは気付きませんでした。なんともすさまじい生命力です。

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2010年1月15日 (金)

カモフラージュ。

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東京タワーがこっそりと木になりすましています。

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2010年1月14日 (木)

りっぱな大人なんだから。

みんな大人だから、言わなくてもわかるでしょ。
分別のある大人だから。
もう、子供じゃないんだから。
これで君もりっぱな大人の仲間入りだ。
社会人としてとして責任ある行動を。
大人としての模範的な態度を。
話せばわかるよ、大人同士なんだから。

でもね、いつの世も戦争を起こすのは、大人でしたよね。

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2010年1月13日 (水)

育っています。新東京タワー。

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新東京タワーを見てきました!
スカイツリーという名前は、どうにも軽くて俗っぽく、馴染めないので、あえて新東京タワーと呼ばせていただきますが、着実に育ってきています。まだまだ、三分の一を少し越えたところ。それでも、そろそろ東京タワーに届こうかという勢いです。アサヒビールタワーを越えるのは時間の問題です。これを越えると浅草界隈からでも見えるようになるのでしょうか?しかし、このアサヒビールタワー、ビアジョッキと炎をイメージしているらしいのですが、どうもその取り合わせはしっくりきません。「何で炎なんだ?」初めてみた時、私は、ビアジョッキと突き出しの小鉢。小鉢からは辛子が飛び出している。という印象でした。さしずめ辛子を添えるものとなると、豚の角煮かなんかが一切れ入っているのでしょうか?

さて、新東京タワーですが、結構近くまで近づけます。

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ここが一番近づけるポイント。もはや、カメラのアングルギリギリです。三分の一とはいえ、結構な迫力です。

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でも、やっぱり東京タワーの方が色気があるなぁ...。

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2010年1月12日 (火)

2度目の春?

文部科学省調べによると、この春、大学卒業後、専門学校に入学する学生が増えているらしい。実に専門学校入学者の8.2%が、大卒という割合になった。その昔、高校卒業後の進路の一番は、4年制の大学。大学に行けなければ短大、それもだめなら専門学校という図式だったように思う。それがどうにもおかしな格好になってきている。大学では物足りないから、より専門的な知識を身に付けるための選択....、ばかりではなさそうだ。昨年、今年の不況による採用状況の悪化と、日本独特の採用条件がもたらした矛盾がそこにある。
企業の採用条件は、圧倒的に「新卒有利」、就職浪人して大学に残り、「既卒者」のレッテルを貼られ不利になるより、専門学校「新卒」の値札が欲しいという切実なものだ。「大卒」より「専門学校卒」の方が、価値は下がるが、「既卒」就職浪人よりは、はるかに価値が高い。その価値をどこでだれが決めているのか知らないが、何ともナンセンスな気もする。結局のところ、売れ残りより、ラベルを貼替えて値引きで売った方がいいと言っているような気がしてならない。

これって商品偽装?
いえいえ、どちらも真実で嘘いつわり無いので偽装ではありません!?
就職浪人でフリーター、よりは良いのかもしれないが、専門学校を点々とするボヘミアン(ジプシー)にならんことを祈る。


※もちろん、本心から大学で学べなかった知識や技術を習得するために再入学する方々も多くいると思います。どちらにしろ、就活する学生諸君にはつらい時期ですね。頑張れ!

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2010年1月11日 (月)

おもちゃ箱をひっくり返したような街。

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新世界から見た通天閣。
ほんとにこの街ときたら、おもちゃ箱をひっくり返したような街です。
大阪に行く事があったら、ぜひ、この新世界を見ておく事をお奨めします。こんな楽しい街は東京には無いと思います。新世界最高!

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今では温泉街くらいでしか見られなくなったスマートボール場も、ここでは普通に営業されています。

最後にビリケンさん。
足の裏を触ると幸せになれるという事で、みんなが触るもんだから大きくへこんでいます。右隣にあるのはビリケンさんの絵馬。馬ではなく、ビリケンさんの足の裏をかたどってあります。

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2010年1月10日 (日)

新世界のネオンはやっぱり通天閣。

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ふたたび、大阪ネタに戻ります。

新世界のパチンコ屋。ネオンやっぱり通天閣。しかも名前がジャンボっていう今は死語になっていそうな店名。素晴らしいです。

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ちなみに街はこんな感じにコテコテです。この街を歩いているだけで元気になってしまいそうです。

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2010年1月 9日 (土)

下鴨神社:蹴鞠

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【下鴨神社:蹴鞠】
ちょうどこのブログを始めた頃から担当させていただいてる、ある大手企業の季刊誌の表紙用に制作したものです。日本のお祭りをテーマに毎回自由に描かせていただいているこのシリーズも4回目。浅草三社祭、仙台七夕、長崎くんちときて、今回は、厳密にはお祭りではないかもしれませんが、お正月らしいイメージという事で蹴鞠になりました。お目出度さを出すために紅白を基調にし、不景気な空気をスカっと吹き飛ばすような躍動感あるものに仕上げたつもりです。
次はどこのお祭りかな?

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2010年1月 8日 (金)

等身大の串かつ。

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さらにこの新世界の深みへと足を進めると、そこには等身大の串カツが!
店構えは、こうして見る限り、ちょこっとおされなカフェ風なのに、店頭には等身大の串かつ。ちなみに、その等身大の串カツをむんずと掴んでいるのは、友人で同僚のK氏。顔が知れるとまずいので、黒塗りしてみました。肖像権の問題?
いえいえ、正体がバレると正義のために戦えなくなりますから...。

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2010年1月 7日 (木)

串かつの顔。

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通天閣のエレベータ乗り場前にある記念撮影ブース。最近は少なくなりつつありますが、昔、観光地には必ずあった顔を入れて記念撮影するもの。あなたもビリケンさんになれます。平面の絵ではなく、まるで着ぐるみのような造形は、とてもよくできています。

と、よくよく見ると、両隣は?
左は通天閣(??通天閣に顔?、、、まぁ、場所がら、由としましょう。)

右はなんと串かつ!(ご丁寧に「ソースの二度づけやめてんか」のセリフ付き!)

串かつに顔を入れて記念撮影するなんて、なんとシュールな!(通天閣も充分シュールですが、、、。)さすが通天閣。恐れ入りました。

その後、通天閣周辺を散策していた時に発見した、もう一枚。

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ここは、普通(?)の串かつ屋。そのお店の前にも記念撮影パネルがぁ!しかも横綱!(名前が横綱だから、センターが横綱なんだと思います。)新世界恐るべしです。こちらにも通天閣はありました。(ちなみに横綱に顔を入れているのは、友人で同僚のK氏。)

普通、顔を入れんのは人間と相場が決まっています。なんでかって、その著名人になったつもりでする記念撮影だからです。中には七福神みたいな神様系もありますけど、それにしても基本的には人型です。しかし、ここ新世界では串かつになれるのです。串かつになってみたいかどうかはわかりまへんけど、とにかく串かつになれるんです。もう完全にお笑いのノリや。

素晴らしい!大阪、おもろければなんでもありや!
串かつに顔を入れた時は、どんな表情をすればいいのでしょうか?あれこれ想像すると次第に顔がほころんできます。はすに構えて、口をとんがらかして「ソースの二度づけやめてんか!」って言いましょう!その時、いっちゃん大事なんは、横に立って突っ込みを入れてくれる相方でしょう。

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2010年1月 6日 (水)

遊園地のような街:大阪

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ここ数年、関西方面に縁が深くなったような気がします。元々和歌山生まれな私ですから、少なからず縁はあるのですが、東京に出てきて、はや24年目、そろそろこちらの生活の方が長くなりそうになってきました。それでも最近は、お能や能面の関連で、年に何度かは京都に行くし、一昨年からは、仕事絡みで大阪の噂も聞くようになってきました。
昨年末、久々に行った大阪は、私の記憶にも増してワンダーランドに変貌していました。相変わらず元気をくれる街、心から笑かしてくれる街。今となっては観光客の目でしか見られなくなってしまった大阪ですが、そこで拾ったおもろいものをいくつかご紹介していきたいと思います。

上の写真は、説明するまでもなく通天閣です。天王寺駅は、大学時代、日常的に利用していましたし、そのふもとに広がる新世界には何度も訪れていましたが、今回、初めて通天閣に登りました。ちなみに今の通天閣は二代目。初代は、パリのエッフェル塔と凱旋門を組み合わせたという、なんとも大阪らしいおおらかな発想の代物だったようです。

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2枚目は、通天閣のエレベータ内部。
階数表示も通天閣の形になっています。上り始めると電気が消え、天井に星空が浮かび上がります。なんと、そこにある月にはビリケンさんが!この時点で、興奮はピークに達します。いやはやなんとも、すっかりやられてしまいました。

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2010年1月 5日 (火)

7×7=49

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明けましておめでとうございます。
mybest再開です。

去年、4回目の年男を無事に終え、今年は49歳。四十代もいよいよ最後の年となりました。
年の初めに、この「49」という数字を考えてみたいと思います。

まず、49は、7番目の平方数、7の二乗。ラッキー7が束になってやって来る感じですね。
「4」と「9」という数字は、日本ではあまり好まれない数字ですが、こうしてみると、年明け早々、何となく縁起がいいように思えてきます。
九九では、7×7のひと通りしか表しようの無い貴重な存在。同じような数字は他に。たった4つ(1、25、64、81)しか無い。選ばれた5つの内のひとつです。(なんか良い一年が過ごせそうです。)
アメリカでは、「ゴールドラッシュ」(1849年)に通じるとして、幸運の数字。(これまた、縁起がいい。今年は、儲かりそうです。)

ちなみに原子番号49の元素はインジウム(In)。酸化インジウムスズは透明なのに導電性がある事から、液晶やプラズマなどフラットパネルディスプレイの電極(透明導電膜)に使われるそうです。
他には、ドイツの国際電話番号で、バーコード世界での日本の国番号。アメリカの49番目の州はアラスカで、北緯49度は、アメリカとカナダの国境、日本の49代総理大臣は、吉田茂で、49代横綱は栃ノ海晃嘉。それから、パープの弦は49本。

まぁ、いろいろありますが、冒頭でも触れたように、とにかく「ラッキー7」が束になって、7回もやってくるめでたい年。「こいつぁ春から縁起が良いわい。」ってな感じで今年もやってめぇりやす。

皆々様にはぁ、本年もぉ、どうぞよろしくぅ、お願い、申し上げ奉りますぅ。

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2010年1月 1日 (金)

明けましておめでとうございます。

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本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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