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2009年12月21日 (月)

不便さが工夫を生む。

あらゆることに人は不便さを感じる。
獲物を狩るために武器を使う。最初、石を投げてみる。うまくいく。だが、いまいち効率が悪い。なにより石をたくさん持ち歩くのは重い。尖った石を長い棒の先に付けてみる。これで少し離れた獲物をしとめる事が出来るようななった。しかし、いつも獲物がそこにいるとは限らない。遠くの獲物にその槍を投げてもなかなか当たらない。そこで、槍を小さくしてみる。少しは遠くへ投げられるようになったが、軽くなった分、威力が無い。そうして弓にたどりつく。ここまでくればこの先、銃やミサイル、大陸間弾道弾に至るのはわかりやすい。
ナイフも包丁もスライサーもフードプロセッサーも、手紙も電報も電話も携帯もインターネットも、たらいも洗濯板も洗濯機も乾燥機も鍋も、炊飯器も湯気の出ない電子ジャー炊飯器もそうして進化してきた。

人は不便な事に直面するたび、それを克服するために工夫をする。
逆に考えれば、不便が無ければ工夫も生れない。私の子供のころは今のように遊び道具が充実していなかった。だからといって子供におもちゃを作る知恵も技術もない。だから、遊び方を工夫して新しい遊びを生み出してきた。どこかから伝わってきた遊びを、自分たちの地域や環境に合わせ変化させる工夫を考えた。

今の世の中、先人達の知恵と弛まぬ努力のおかげで、ずいぶん不便は減ってきているように思う。我々の父や母の時代、それは不便なことがいっぱいあっただろう。自分たちの子供達にはこんな不便な思いはさせたくないと知恵を絞り、一生懸命働いて少しづつ不便を減らしてきてくれた。ありがたいことだ。

不便な事が減れば、工夫する事も少なくなる。工夫しなくても不便じゃないから工夫する必要はない。なんとなく人の知恵というものが退化していっているように思える。このままじゃいかん!と思いながらも、この世から不便が無くなってしまえば、結局、工夫もいらないんじゃないかとも思える。

その時、人の進化は止まり、ヒトという種は終焉を迎えるのだろうか?
それとも、人間の飽くなき欲望は尽きる事なく未来永劫求め続けるのだろうか?

どちらにしろ、それは、まだまだ先の話。
だって、先人達には申し訳ないが、今も身の回りは不便でいっぱいだもの・・・。

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コメント

昔から、不器用な人が発明品を残すと言います。私は手先が器用すぎて、それが年と共に不器用になってきて、その代わりに頭と言葉とを使うようになってきています。それも、ゆったりと。時と手先、それは不思議な関係を持っています。

投稿: Artist HAL_ | 2009年12月23日 (水) 22時01分

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