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2009年12月19日 (土)

マニュアルはできない人のためにある。

今の社会はマニュアルで溢れている。サービスという業種では、ありとあらゆるものがマニュアルでコントロールされていると言っても過言じゃないだろう。さらに様々な分野にも浸食しはじめている。
このマニュアル、一見、(均一の)サービスを提供するためには、とても効果的なようにみえる。事実、マニュアル通りにやっていれば、ほぼ、失敗することはない。そういう意味では、役に立つものなんだろう。マニュアルがあれば、なにも考えなくても、それなりの仕事ができる。こんな楽なことはない。マニュアルに載ってないことはやらなくて良い。まさにお墨付きをもらったようなものだ。管理する側も、マニュアルによってあるレベルのサービス品質が確保できるし、お客からの苦情も減る。何より社員教育が楽になる。一人一人の個性を見極めて臨機応変に教育していく必要がない。文字通り型にはまった大量生産が可能になるのだ。

しかし、このマニュアルは諸刃の剣でもある。あるレベルを維持するには最も効果的だが、突出したサービス、個人のアイデアの阻害になる。なにより、マニュアル通りにやっていては、飛び抜けて素晴らしいものができなくなってしまう。工夫が生れなくなるのだ。すべてを平均化してしまうことになる。なぜなら、このマニュアルというものはレベルが押さえられているからだ。難しいマニュアルを作ってしまっては、多くの人が付いていけなくなる。だいたいの人が誰でも少しなれれば実践できてしまうように作らなくては意味がない。つまり、マニュアルとは、出来ない人をあるレベルまで押し上げるもの、つまりは、自分で考えて行動できない人のためにあると言っても過言ではないだろう。

逆に、できる人にとってこのマニュアルは大きな足かせになる。どんなに素晴らしいアイデアを思いついたとしても、どんなにお客様のためのサービスができたとしても、それを実践する事がマニュアルで禁じられているからだ。もちろん、そのひとつひとつがマニュアルで禁じられているわけではない。しかし、マニュアルに載っていない事はしてはいけない事だから、結局、できないも同じだ。
たとえば、職人さんを例にとろう。季節によって、その日の温度、湿度を肌で感じ、長年の経験から導き出した答えで日々少しづつ調整しながら、工夫を凝らし、試行錯誤しながら最高のものを生み出していく。これをマニュアル化する事は不可能だ。仮に出来たとしても、そのマニュアルは複雑過ぎて、それこそ百科事典のようになり、だれもが実践できるものではない。誰もが実践できるように省略したマニュアルを、この職人さんに実践させたら、もはや、量産品の普通のものしか生み出せなくなってしまうだろう。

多くの人が言うだろう。
「マニュアルがあった方が仕事が覚えやすい。」「楽だ。」

そう、結局、楽なんだ。自分なりの努力、工夫をしなくていい。何度も失敗し、その経験から学び、自分らしさ、自分にしかできないことを探す必要がない。最高のものを目指す必要がなくなり、マニュアルに書かれた通り、そつなく無難に仕事をこなしてればいい。こんな楽な事は無い。

より良いサービスを、より仕事を効率的にと開発されてきたマニュアルが、
結局、人間の質を落としていっているように思えてならない。

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