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2009年11月 5日 (木)

学ぶ事、発見する事。

学ぶという事において、記憶力は必要だが、最も重要な資質でない事は、皆が知っている。たくさんの情報を詰め込み記憶する事では、機械にかなわないし、そんなことで機械と競う必要もない。斬新なアイデアを発想するために必要なのは、着眼点と独自の解釈、つまり「感性(センス)」なんだと思う。この「感性」、よく、持って生まれたものと、あきらめを込めて語られる事も多いと思うが、決してそれだけではない気がする。子供の教育を論じる場で、ある方が発言していた内容に心引かれた。

「子供が学ぶという事は、多彩に遊ぶこと。子供にとってはすべてが学びである。」
よく、大人っぽい言動や行動(主に大人のまね?)をする子供を「賢い子」と評する大人がいる。だが、早く大人と同じようなことができるようになることが成長では無い。この点を多くの大人が勘違いしている。「子供っぽい」という言葉は、大人に使えば「幼稚だ」ということになるが、子供に対しては最も高い評価だろう。体を使い、頭を使い、感情豊かに表現する。最も子供らしい子供こそが将来、まっとうな「大人」になれるのではないだろうか?年齢によって、その時期にしか出来ない学び方や学ぶ事があると思う。それが、個性を育み「感性」を育てるような気がしてならない。

「絵に書いたものを見せるのではなく、本物を与えることが大事。」
リンゴならリンゴを手に取ることで教える。実は、その方が、本や写真とは、桁違いの情報量を五感で感じることができる。当たり前のことだが、果たしてできているだろうか?面倒だから、こっちの方がより多くのものが見れると自分を納得させながら、絵本や百科事典でごまかしてはいないだろうか? 実際、「リンゴ(本物)とくだものの絵本、どちらを子供に与えますか?」と聞けば、ほとんどの人が絵本と答えるのではないだろうか?
絵本でたくさんの果物の名前を覚えるより、本物から、色、形、大きさ、堅さ、重さ、香り、味、たったリンゴ一個で、絵本一冊分を超える情報や経験が学べるんじゃ無いだろうか?絵本のリンゴとバナナの違いは大して多く無い。では、実物はどうだろう?科学的なことには触れなくとも、桁違いに多くのことが感じられると思う。もはや冷蔵庫は神秘の扉に早変わりだ。それに比べて、本のなんと薄っぺらいことか。ただ、その楽しさを感じられるように導く親の難しさを考えると頭が下がる。だけど、もしかしたら親も同じように楽しむだけで良いのかもしれない。「りんごの皮はどうして赤いの?」「どうしてバナナの皮はああいうふうにむけるんだろう?」「りんごの皮とバナナの皮はどうしてこんなに厚みがちがうの?」子供の好奇心は際限ない。大人だってわからない。そこではじめて一緒に本を開いて調べてはどうだろう?親も一緒に楽しんでいることを、きっと子供は敏感に感じ取ることだろう。
こういうことを考えると、親はなんて大変なんだろうかと思う。そうするには、今の親は忙しすぎるような気がする。頑張れ!お父さん、お母さん!

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コメント

大人も同じですよね。
今だからできること。今しかできないこと。
一瞬一瞬を楽しめたら、幸せです。

投稿: 回遊魚(子分) | 2009年11月 5日 (木) 20時55分

そうですね。まさに回遊魚のごとく、泳ぎ回って楽しみましょう!
どこぞの美容師さんは、それを地でいっているような気がします(笑)
見習いましょう。

投稿: oka | 2009年11月 6日 (金) 10時17分

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