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2009年10月31日 (土)

「イ」と「LO」

日本初のテレビ放送実験で、初めてブラウン管に表示された文字がイロハの「イ」だったということは、有名な話だが、今年で、40周年を迎えるインターネットで、最初に発信された文字は「LO」だったらしい。
最初のデータ通信は、アメリカ国防省の軍事ネットワークを使って、UCLAで行われたということになっている。11月29日、UCLAでは記念式典が行われた。

「LO」って何?と思うかもしれない。

実は、最初の実験はUCLAとスタンフォード研究所の間で行われた。実験の内容は、UCLAがまず、「LOG」という文字を送り、スタンフォード研究所が「IN」と返す予定だった。予定だったというのは、UCLAが、「L」「O」と送ったところで、システムがクラッシュしてしまい、実験が終了してしまったかららしい。で、結局、最初のデータ通信は「LO」ということになっている。これは、成功だったのか失敗だったのかわからないが、とにもかくにも「LO」が送られた事はまちがいない。

ちなみに、
・アメリカのモールスが、有線電信技術(モールス信号)を開発したのは、1840年。
・同じく、アメリカのベルが電話機を発明したのは、1876年。
・イタリアのマルコーニが、モールス信号の無線通信実験に成功したのが、1895年
・ドイツのブラウンが、ブラウン管を発明したのが、1897年
・世界最初のラジオ局は、アメリカ、ピッツバーグのKDKA、1920年
・イギリスBBCがラジオの本放送を始めたのが、1922年
・同じくBBCが、世界最初のテレビの本放送を始めたのは、昭和に入って、1936年。

上記の、日本初テレビ放送実験は、大正15年(1926年)に行われた。

ここ170年くらいの間で、いかに情報伝達が進化したかと思うと、驚くばかりだ。

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2009年10月30日 (金)

見てるぞぉ〜!

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六本木付近で見つけた街路樹。幹に無数の目が付いているように見えます。面白いような怖いような。

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2009年10月29日 (木)

安い事は良い事ではない?

折しも今日、29日、最後のすかいらーく「すかいらーく川口新郷店」が、閉店する。1970年に1号店を出し93年には全国720店舗を誇った同社も、低価格指向の強まりを踏まえ、ガストやジョナサンに業態を転換してきた。そして、ついに最後のすかいらーくが閉店した。思えば、すかいらーくは、家族で行ける安いレストランの象徴ではなかったか?

私は経済学者でも無いし、国際的な事情通でも無いので、実態はわからないし、ましてや数字は見当もつかない。でも、昨今のニュースを見ていて、どうにも奇妙な状況を感じてしょうが無い。
今年も、去年のように、あるいは、去年の様にはならない様にと派遣村の話や、増え続ける失業者、年収200万円以下の低所得者をどう救済するかというニュースが多く聞かれる。
もうひとつは、物が売れない。売れないから値引き競争をする。より、低価格な商品を提供できる企業は業績をあげている。低価格戦争に乗れない企業や百貨店は経営難に陥る。さらには、低価格路線の行き着く所が見えなくなるという話も聞かれる。低価格で商品を生産している勝ち組企業の生産拠点は、今まで中国が主だったが、賃金が上がり、より、低価格の生産力を求めてバングラデェシュなどに移行しつつある。
また、農業や漁業は、採算の取れない状態に晒されている。もちろん、ほとんどが個人、あるいは家族経営で効率の悪さは否めないかもしれないが、それだけじゃない。より安い価格、いや、国内生産より破格に安い輸入品に人々が手ののばすからに他ならない。

例えば、そういう国々で日本企業が雇用している労働者の人数はいったい何万人くらいにのぼるのだろうか?
その数は、日本の失業者と比べて、どの位の差があるのだろう?
その低賃金労働者の年収は、日本の年収200万円以下の低所得者と比べて、どうなんだろう?

そう、バブルがはじけて、より安いものを求めたのは誰だったのか?安さこそ善だと叫んだのは、我々ではなかったか?企業はそれに応えるため、低賃金の労働力を海外に求めた。我々が賃金以上の貨幣価値を求めるならば、より低賃金の労働者に生産してもらうのが早道だ。商品をより安くするためには仕入れ値を下げるしかないのだから。
そうやって出来た安い商品を買ってお得感を感じているうちに、自分達の労働者としての価値が損なわれてしまったのではないんだろうか?誰も、自分の生産価値以上のものは手に入れられないはずだ。10万円で15万円のものを手に入れられる状況には必ず矛盾がある。うまい話には裏があるのだ。
今の世の中、全てが生産者ではない。流通や企画、発明、などなど、様々なテクニックが必要だ。ただしこれらは、ある特定のの知識や能力が必要になる。必ずしも努力すれば誰でも手に入れられるものでも無い。才能を持ち、努力した者だけがその恩恵を受けられる。しかし、これらはどうしても一部になってしまう。それが現実だ。だからこそ人は努力し、人とは違う自らの可能性を見出してきたのではないか?よく、ゆとり教育が間違いだったと言われるが、本来、ゆとり教育とは、詰め込み教育の弊害を正し、個性を尊重するため、生活時間に余裕を持たせ、その時間を各々の個性をのばす時間に当てるというものだったはずだ。それを、「ゆとり」という言葉がいけなかったのか、学ぶ事全てを少なくし、人と競争する事を悪とする様な、間違った解釈が横行してしまった。この「ゆとり」で出来た貴重な時間は、自己学習という考え方によっては、とても険しい、ものになるべきだった。なぜなら、人に教わるだけの方が何倍も楽だからだ。もちろん、自己学習も、本来は楽しいものだ。自分が興味を持ち、おそらくその才能も持ち合わせている事を見つけられれば、たとえその道のりは険しくとも、苦にはならない。それを目先の「楽」に実をまかせゆるくなってしまった人間に今さら現実を見ろというのが酷なのかもしれない。もちろん、子供達が悪い訳ではない。大人たちが怠ったのだ。大人だって、会社の中で、社会の中で甘やかされて現実の行く末を見誤った人々が沢山いるはずだ。

こうして、なんとなく関わりがわかりにくい事も、改めて考え合わせてみると、関係が見えてくる。ような気がする。

「それでもまだ、安い物がいいですか?」

飢餓に襲われた蛸ののように自身の足を食べ目減りしていきますか?いやいや、今の状況は、自分の足どころか、無い物を食べてお腹を満たしている気がしているだけに思えるのは私だけだろうか?
今はまだ、より安い労働力を求める事が出来る。世界中にそういう国は、まだまだ沢山ある。でも、そうやって渡りを繰り返しているうちに、回り回って、日本がもっとも安い賃金になっていたりしないだろうか?その時、10万円のものを買うために、15万円、20万円分、いやもっともっと働かないといけない状況になってしまっていたりしないのだろうか?

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2009年10月28日 (水)

iPhoneで撮影。

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たまたま、いつもの愛用スナップカメラ、Ricoh GX200を持ってなくて、しかたなくiPhoneで撮影。妙に劇的な空になってしまった。

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景清

Kagekiyo

私の能面の師であり、日本で唯一、シテ方能楽師でありながら、能面師でもある宇高通成先生の、舞台が11月3日、国立能楽堂で行われます。ご興味のある方は、私にご一報ください。

第七回三輪清浄宇高通成研能会
平成21年度文化庁芸術祭参加公演
東京・国立能楽堂
平成21年11月3日(火・祝)午後1時始
狂言 「水汲」
能楽 「景清」 宇高通成

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2009年10月27日 (火)

ロケット発射!

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ここは日比谷マリンビル。ちょっとレトロなビル名(ロゴも)。道路側のタイ航空のマークは、よく覚えていましたが、正面側を初めて通りました。なんともロケットの発射台のような作り。高所恐怖症の方々には、下から見ているだけで寒気がするかも?(ちなみに、私は高いところ大好きです。)

 

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2009年10月26日 (月)

この亀、まったく動きません!

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石神井公園で見かけた亀達。実はこの亀、私の見ている間には、この微妙な体勢のまま微動だにしませんでした。実はよくできてた置物といいたいくらい動きません。首がこりそうで、私にはまねできません。

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2009年10月25日 (日)

左右の違い。

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現在製作中の小面です。
光の具合がちょっと違うので何とも言えませんが、無事に左右の違いが出ているでしょうか?
右(写真左)は、ちょっと影が有り、怪しく、寂しげ。左(写真右)は、柔らかくやさしげ、穏やか。
この二面性が合わさって表現される時、能面は幽玄の表情を持ちます。左右対称に作ってしまうと表情が出にくく堅いものになってしまいます。
右目は、月の目、左は太陽の目。目頭の位置も上下にずらしますし、右は伏せ目がちに、左は正面を向くという細かな違いを再現しています。これがまた、なかなか難しい。リアルであればいいというものでもありません。

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2009年10月24日 (土)

綺麗な肌になってきました。

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製作中の小面もそろそろ下地塗りも目処が見えてきました。滑らかな肌の質感がでてきたように思います。髪と眉が無いのでちょっと怖い感じ。

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2009年10月23日 (金)

この花は、なんて花?

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不思議な花です。なんていう花なんでしょう?
赤い部分は、花びら?葉っぱ?
とっても不思議です。

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2009年10月22日 (木)

秋ですね。

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すすきの穂にバッタ。クルマバッタかトノサマバッタの小さいのではないかと思います。

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2009年10月21日 (水)

【crane file : 027】建設現場で働くロボット?

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もちろん、まだ、建設現場で働くロボットは存在しません。このクレーン(?)も、カゴ側に操縦席が有り、そちらに乗った人間が操作するものです。でも、本体に操縦席が無いとなんとなくロボットのように見えてしまいます。

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2009年10月20日 (火)

家を建てる時は瓦三枚残す。

江戸時代、「完成したものは、崩れるのみ。」という考えが広まり、様々なところで実施されたそうです。その代表的なものがこの「家を建てる時は瓦三枚残す。」というもの。鴬張りの廊下で有名な京都市東山区の知恩院御影堂の屋根には本当に数枚の瓦が置かれています。屋根の上に瓦を残す事で、この建物は、まだ完成していない。だから、崩れ始めてはいない。として、建物が長持ちするように願を掛けたようです。未完成だから、まだ、崩れ始めない。という考えはとても興味深い。そういえば、おみくじで大吉を引けなかった時、「大吉」は頂点だから、後は落ちるだけ。「吉」の方が、これからどんどん良くなる。とか、「大凶」は今が最悪で、後は良くなるばかりだから心配ない。とかいいますよね。日光東照宮にある陽明門の4本の柱も、一本だけ逆さまになっているそうですし、五重の塔では、一番上の屋根裏だけ造りが違うらしいです。これらも瓦三枚残す的発想で、そうされたのではないかといわれています。

そういう洒落っ気や、願いを、今後の人々も理解していけるよう祈りたいものです。
後の人達が、無神経に取っ払ってしまわないように.....。

※実は、exprimeの最後の「e」が、鏡像になっているのも、東照宮の陽明門からヒントを得たそうです。
 

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2009年10月19日 (月)

ピントが合い過ぎるとスケール感が無くなる。

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もちろん、これはお台場にある大観覧車の実写です。
でも、なんとなくその大きさ、スケールが感じられない写真になってしまいました。なぜだろう?と考えると被写体すべてにピントが合っているからではないかと思います。
ひと昔前の3D画像によくあった傾向です。最近は、3Dソフトも進化し、レンダリングの際、被写界深度 の設定も出来るようになっていますが、当時のレンダリングでは、すべてにピントが合った状態で書き出されていました。わざわざそれを画像加工で、ぼかしを施したりしたものです。やはり、手前にピントが合えば、奥はボケるといったことで、人間はそのものの大きさ、距離感を判断しているのではないかと思います。ものが大きければ大きいほどその傾向は強くなります。逆に、それが無いと、その物が小さいものだと思ってしまうのでしょう。 だんだん、この写真が、良くできた模型と背景の空の合成のように見えてきませんか?

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2009年10月18日 (日)

「たこ焼き」!食べてから帰ったっていいよねー!

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とても退廃的でいい雰囲気。と思い思わず撮影。ブログにあげようと思って写真を見ていて思わず、このフレーズに目が行きました。残念ながら、現地では気付かず、寄ることはできませんでした。残念!
キャッチもさる事ながら、「この先約15秒!」ってのが、また、いかす!
写真ってのは、こういう発見があるからおもしろい。

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2009年10月17日 (土)

芸術とは?

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Isabelle poule作、「the grain of light」

光の木目(光なので光目)とでも訳せばいいのでしょうか?漆黒の闇に映し出される光の軌跡が見る者に様々なイマジネーションを与えてくれます。繊細かつ大胆なフォルム、浮遊感が心地良い作品です。
Isabelle poule個展は、今月末まで写真美術館にて。


 
 
・・・・・・・・・・・なんてのは、「真っ赤なウソ」です。ごめんなさい。
           たまたま撮れた私のミス写真です。
           Isabelle pouleさんっていう作家も存在しません。
           もちろん個展も開催されていません。

 

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2009年10月16日 (金)

お台場の戦艦。

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お台場で発見!何かのアートピースなんだと思うが、後ろのビルが艦橋に見えて、どうにも宇宙戦艦に見えてしまった。そうやって見ていると、右側の手すりもカタパルトに見えてくる。

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2009年10月15日 (木)

秀逸なデザイン。

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お台場で見つけた秀逸なデザイン。
ペットボトルで出来た、ペットボトルカー。
素晴らしいアイデアと、完成度です。
(もちろん、我らが松鶴家ポン&ハニーブーチュ☆の機関車も良い出来です。)

 

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2009年10月14日 (水)

走れ!風船汽車ぽっぽ!

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日曜日、お台場で開催された、第一回RED BULL BOX CART RACEに行ってきました!知り合いのチーム「松鶴家ポン&ハニーブーチュ☆」のリーダー、松鶴家ぽんさんが、自ら徹夜して彩った風船の機関車が走りました。

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この季節には珍しい、好天に恵まれ、強い太陽の日差しが、風船を割るアクシデントもありましたが、無事、好成績で完走できました!順位は、(自称)4位!(3位以下は発表されませんでしたので、みんな4位だと思いますが.....。)優勝が、プロチームだったことは大人げなくて、いただけませんでしたが、なにはともあれ楽しい一日となりました。

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2009年10月13日 (火)

文化庁は本当に日本の文化をわかっているんだろうか?

聞いた話なので、確かな事は言えませんが、文化庁が主催する、ある企画。文化的なもののお祭りで、ノミネートされたものの中から優秀賞が選ばれるというたぐいのものですが、そこに、ある流派のお家元とお弟子さんが同時にノミネートされるという一大事があったそうです。ピンとこない方も多いかもしれませんが、これは結構一大事で、お家元が優秀賞に選ばれれば問題ないですが、万が一、お家元を差し置いてお弟子さんが受賞しようもんなら、それこそお家騒動並の一大事です。結果的には、辞退するしか選択肢の無い世界です。
日本の文化を守るはずの文化庁が、こんなところで火種を撒いて、一体何がしたいんでしょうか?おそらく、そんなことまったく知らないで、単純に、芸術的な見地から選んだのでしょう。家元制度の良い部分、悪い部分は、もちろんあります。しかし、それらすべてをひっくるめて日本の文化と言えるのではないでしょうか?
仮にも「文化」という冠をかぶった省庁が、日本の文化に無知であることをおおっぴらに発表しているようなものです。まったく、嘆かわしい。
こんなことって、たぶん他にもいっぱいあるんでしょうね。いっそのこと、少なくとも文化庁の職員はすべて、どんなものでもいいからお稽古事を義務づけて、ちゃんと師匠について、弟子を肌で感じてもらってはどうでしょうか?それでこそ、表面的ではない日本の文化の根本がわかるというものです。

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2009年10月12日 (月)

こんなところにちっちゃなゾウムシが!

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撮影している時には、まったくわかりませんでした。こういう発見ってわくわくします。

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2009年10月11日 (日)

アングルとトリミングとその時の気持ち。

私は、しょっちゅう自分の作品に手を入れる。何かの機会に出力するたび、ついつい気になって手を入れてしまう。最初に描いたままの姿を残している作品は少ない。私の中には、作家とデザイナーの私が混在しているせいかもしれない。とにかく気になる。だから、自分の作品を目の届くところに飾るのがきらいだ。毎日見ていると落ち着かない。「直したい虫」がわいてくるからだ。この絵「千秋楽」を最初に描いたのは2003年、江戸開府400年の年に外苑前で開催した「大江戸浮世絵展」が最初だ(左)。

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この絵は、2001年5月場所の千秋楽、貴乃花の取り組み後の仁王のような形相が頭から離れず、暖めていたものを絵にしたものだ。最初の一枚は、降り注ぐ光、放射するオーラみたいなものを背景に描いている。その隣は、2004年、横浜で開催された「アジアグラフィック」の展示会用に縦2m横1.5mという大判で出力した時のもの。背景がシンプルになり日の丸になっている。さらにその隣は、2005年にパリで展示したもの。この時は縦長の短冊状にトリミングしている。それに伴い、日の丸の位置も変更されている。一貫して言える事だが、この作品に関して、色調整はしているものの、絵自体に大きく手を入れてはいない。

Senshuraku2

今度は、2007年、新丸ビルが完成した時の個展で展示したもの(左)、右は、その時のポスター。どちらも少し白地が生成りにアレンジされている。ポスターで大胆にトリミングしたのは、デザイナーの私。左にいれたタイトルや文字要素に見るポイントが行くようトリミングされている。なぜ、生成りにしたかは覚えていない。多少古びた浮世絵風に見せたかったのかもしれない。どちらにしろデザイナーの私がやった事だ。作家の私は、それを見て、作品の方もそうしちゃおうか?とか思ったに違いない。

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さて、最後は今年、2009年日本橋三越で開催した個展の時のものだ。上のポスターに近いがさらにトリミングされている。私としては、もうこれ以上取るところが無いくらい切り詰めているつもりだ。実際には、越前の雲肌という独特のテクスチャーを持つ手透き和紙に出力したので、画面で見るものとはずいぶん印象が違う。それは、私の手元でしか見る事が出来ない。残念ながら画面では伝えられないものになってしまった。

どうしてトリミングしたのか? それは、頭の中に残る最初に見た貴乃花の印象が表現しきれていないと感じたからだ。すべて見せてしまう事が必ずしも良い事とは限らない。「せっかく全身描いてるのにもったいない。」と言う人がいるかもしれない。しかし、ここまでそぎ落として、初めて、私の頭の中の記憶に近づくことができたと思っている。緊張感と空気感、取り組み直前、精神は研ぎ澄まされ、周りの風景も、音すらも無くなった世界。そんな無の境地を少しでも伝えることができていればと思う。

 

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2009年10月10日 (土)

長崎くんち

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私が表紙絵を担当しているFUJIFILMさんのFGひろばvol.142が、発行されました。今年の春から担当させていただいていますが、三社祭、仙台七夕祭りに続いて、今回は長崎くんちです。ここにも龍登場です。そういえば、前にもそう思いましたが、龍ってよく描くなぁ...。やっぱり、怪獣で育った世代だからでしょうか?

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2009年10月 9日 (金)

何もしない無駄な時間。

インターネットや携帯の普及によって、我々は様々な恩恵を受けている。その一方でまた、多くのものを失っている気がする。身の回りで失ったもの、あるいは極端に減ったものでは、電話で話す事、手紙を書く事、FAX、新聞、雑誌、百科事典、本屋でぶらぶらする事、レコード店に行く事、秋葉原に行く事(フィギュア系、メイドカフェは除く/私はまだ行った事無いですが...。)、対面して話す事(これはネットのダークサイドにつながる)、待ち合わせの場所をあらかじめ決める事、CD、MD、漢字の記憶、遠回り、家電製品のパンフレット、近くの本屋さん、OfficeDEPO(最近、近所のが閉店した)、言いにくい事を相手に伝える時の勇気・決断力、睡眠時間、納品までの時間・余裕、それまでの金銭感覚、美味しいお店を自分の足で探す労力.......。実に多くのものが消えていっている気がする。中でも私がもっとも気にかかるものは、

「何もしない無駄な時間」

無駄と言う言葉には語弊があるが、この何もしない時間が私の生活の中で、精神衛生上、作品制作にとって、とても重要な時間だ。そんなもの簡単に作れるじゃないか?と言われるかもしれないが、電車の待ち時間や、人との待ち合わせまでの時間、一人でコーヒーを飲んでいる時間、空き時間が出来ると、ついつい携帯に手を伸ばしてしまったり、仕事の合間でネットを見てしまうことが多くなってきている。町中で周りを見渡すと、みんな同じように見える。場合によっては、人と対面しながら、各々が携帯で何かしている光景も日常的だ。中には、片手でDS、もう一方は携帯でソリティアという若い女性も見かけたことがある。まるで、何もしない事が怖いかのように.....。
最近の昭和ブームや、癒しブームも、そんな、常に何かに追いかけられているような日常から逃避したい、ゆっくりとした時間を取り戻したいという潜在意識からのSOSなのかもしれない。

「何もしないでいられる[貴重]な時間」
今の内に取り戻しておかないと、もう、手の届かないところに行ってしまうかもしれない。

 

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2009年10月 8日 (木)

無数に残された足跡。

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【クイズ】白線の上に、無数に残された小さな足跡。これはいったい何の足跡でしょうか?ただ汚れているのではありません。このひとつひとつにちゃんとした理由があります。白線の形状がヒントです。

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2009年10月 7日 (水)

偏った筋肉はどうする?

私の友人が整体に行って聞いてきた話。彼が整体に行った時の顛末はこうだ。
まず、全体に診てもらった時、その整体師の先生が、「若い頃、何か武道をされていましたか?」「はい、剣道をやってました。」そう、彼の身体には、若い頃やっていた剣道で培われた筋肉が今もちゃんと残っていたらしい。その筋肉の偏り(?)が、今の身体の不調の原因にもなっているらしかった。対処法は?と聞くと、「同じ事、たとえば、素振りとかを再開するといいですよ。」と言われたらしい。
ジョギングを始める場合、途中で挫折してやめるくらいなら、最初からやらない方が身体のために良い。という説もある。それと同じような状況が何十年も経った身体にも起こりえるという事かもしれない。人間の身体恐るべしだ。もちろん、聞いた話で、医学的に根拠があるのかどうか私にはわからない。しかし、言われてみると、納得できてしまう話でもある。
テニスをやっていた人は、テニスを、野球なら野球を、空手なら空手を、ダンスならダンスを、田植えなら田植えを、土方なら土方を.......。そういえば、職人さんとか、身体を使う仕事で生涯それを続けているじいちゃんとか年取っても元気な気がする。さしずめ、私は、今一度、バイクに乗った方が良いのかもしれない。

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2009年10月 6日 (火)

金箔貼りの蔵。

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金沢でこんなものを見つけました。内側の壁一面が金箔で覆われた蔵です。小さな窓から差し込む光のなんと美しい事か。実はここ、食事処になっています。この部屋(蔵)で、食事する事もできるようです。なんと贅沢な!

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2009年10月 5日 (月)

あっ!ウルトラ警備隊!

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平和島から大森辺りの湾岸地域、すなわち、羽田空港付近にあります。どうやら地下基地のようです(笑)

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2009年10月 4日 (日)

自然の造形は、あっさり私の想像を超えてしまう。

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この葉が、なんという植物なのか私にはわかりませんが、この造形、色彩は、いとも簡単に私の想像を超える素晴らしいものでした。自然が作り出す「美」に感謝。

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2009年10月 3日 (土)

120%の力で.....。

「はい、おつり、ごじゅうまんえん。」
ひと昔前なら、おやじギャグで通用したかもしれないが、最近では、「なんてこと言うの!子供がそのまま間違えて覚えちゃったら、どうしてくれるのよ。」と苦情がきそうな気がする。同じように、「120%の力で.....。」「120%の満足度。」なんて言葉も、「100%でしょ。120%なんてありえないんだから。子供が......。」「おじさん、そもそも%は割合を示す記号で、全体を百と示すもの、百分率なんだから、120%なんて数学的にありえないよ。」とか言われそうな世の中になってきている気がする。もちろん、使っている方は、そんなことそれこそ百も承知で、+20%は、あくまで意気込み、「がんばりますから!」という意思表示のはずだ。受け手もそれを気持的に理解し、ゆるやかな「和」が生れてくるのだと思う。それが許されない世の中とは、杓子定規に物事を割り切り、互いに上げ足を取り合うようなギスギスとした住みにくい世の中のような気がする。どうにも、今の日本はそちらに向かっているような気がしてならない。そういう部分を受け入れる心の余裕が無くなってきているのかもしれない。エンジンやギヤにオイルが必要なように、アクセルやブレーキに遊びが不可欠なように、世の中の潤滑油のような表現をもっと大切にしようじゃあ〜りませんか?

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2009年10月 2日 (金)

先月、30日。

昨夜、10月1日の夜、スマトラ沖の地震関連のニュースで「先月、30日に起こったスマトラ沖の......。」と、キャスターが読みあげていたのを聞いて微妙に違和感を感じました。確かに間違いではない。ニュース原稿もそういうふうに書かれているのだと思います。正確に日時を伝える事は報道の重要な役目だと思います。でも、昨日起きた大きなニュースを「先月、30日...。」って報道すると、なんかずいぶん前に起きたことのように聞こえてしまいます。ニュースは客観的に報道しなければいけないのかもしれませんが、どうにもマニュアル的で危機感が伝わらない。そんな感じを受けてしまいました。「そんな細かい事気にしてるのはあんただけや。」と言われるかもしれません。決して上げ足を取っているのではありません。でも、なんだかなぁ.....。

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日本の美。

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金沢は、ひがしの茶屋町の一軒。昔の日本人は、季節や日の光、あらゆる自然と共生して、その恩恵としての「美」を享受していたように思います。それは、必ずしも現代のように便利な生活ではなかったかもしれません。しかし、間違いなく今の我々が、置いてきてしまった美的感覚やゆとりの時間の中で日々を過ごせていたのだと思います。はたして、我々は今、人類の歴史の中で最も幸せだと言えるのでしょうか?

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2009年10月 1日 (木)

なにぃ!日本には空港が100近くあるぅ?

その通り。日本には定期便が運行する空港が100近くある。最近のJAL再建のニュースで、JALの経営難のひとつの原因が不採算空港への乗り入れにあると報道されている。実際には、JAL系列のJASが運行しているらしいが、これらは、ほぼ政府からの要請に応じたものであると言われている。つまり、政治家が「おらが町にも空港を」というわけで、空港をどんどん作ったはいいが、飛行機が発着しなければ、また、「人気取りのために余分なものを作って」と攻撃されるので、政府に近くいやと言えないJALに要請したというとんでもない顛末だ。日本全国の空港とその稼働率に関してはこちらを見て欲しい。羽田、成田の稼働率が群を抜いて多いのはあたりまえだ。その他、新千歳、伊丹、関西、中部、福岡、那覇が続く。グラフでは、それ以外、ほとんど稼働率が無いに等しい。中にはこの尺度だとグラフにすらならない空港のなんと多い事か。この狭い国土にこんなにたくさんの空港が必要なのだろうか?
ちなみにその国土の広さと人やものの行き来の多さから飛行機王国と考えられるアメリカにある定期便発着空港は500程度。日本の5倍の数だ。アメリカの5分の一なんだからそんなものかなぁ?と思うかもしれないが、アメリカの国土の広さは日本の20倍だ。つまり、国土面積比ベースでは、アメリカは日本の4分の一になる。あきらかに多すぎる。まぁ、アメリカの場合、チャーター機や個人所有も多いので、それらが発着できるビジネス空港は5,000箇所存在するということも付け加えておくべきだろう。それにしても単純に面積比では語れない部分もあると思う。面積が広ければ当然、飛行機でなければ移動できないところが多くなり、面積が狭ければ、飛行機でなくとも移動できるところが増えるはずだ。実際、ちょっと前までは、私も東京-大阪間の移動は、飛行機を使う事が多かった。しかし、新幹線が進歩し2時間45分程度で着けてしまう最近では、ほとんど飛行機に乗らない。これは、飛行機に乗る際の手続きの面倒さも関係する。事前に予約が必要だし(思い立ってすぐ乗れない。)、発進の1時間前までに空港に行かなければならないし(空港でつぶす時間がもったいない。)、機内に持ち込めるものの制限が厳しい(能面用の彫刻刀などもってのほか、爪切りすら文句を言われかねない)。荷物をチェックインしたらしたで、出てくるまで待つ時間が長い(その間、立って待たなければならない、コンベア前での場所とり争奪戦には辟易する)。これらにかかる時間とストレスを考えれば、あきらかに新幹線に軍配が上がる。リニアでも出来た日には、そもそも時間での勝負にもならない。
ただし、地方や離島の空港では、飛行機で無ければとても不便な場所がある事も事実だ。この辺の判断が微妙で難しい。一概に空港が多すぎるとは言えない部分もあるだろう。でも、大阪(伊丹)、関西、神戸は、やり過ぎな気がする。JALが経営再建計画の中で神戸空港への乗り入れをやめるかもしれないのもうなずける。そもそも関空ができたのになぜ伊丹が閉鎖できないのか考えてみる必要もあるだろう。(なぜ、神戸も作ったのかも)和歌山に実家のある私にとって関空は便利だと思った。事実、何度か利用している。それは、空港まで妹が車で迎えにきてくれていたからだ。自力で電車に乗ることを考えると、意外に距離はあっても伊丹の方が便利だったりする。それは、関空-和歌山間の路線が最悪だからだ。
いったいどういう計画でこれだけの空港を作ったのだろうか?地方が勝手に作ったのなら機能がダブっても、それは仕方がない部分もあるだろう。しかし、国の中心で国策として広い視野で見た時、それぞれが互いに連携してロス無く稼働するよう考えるのは当たり前じゃないだろうか?なんでそんなことが考えられないんだろうか?

「中央には頭のいい人が集まってるんじゃないの?」
良い訳や責任逃れの方法、天下りの絶妙な仕組みなんか考える前に、もうちょっと考えようよ!能力のある人がその能力に見合った収入を得る事は間違いじゃないと思うし、百歩譲って天下りでも何でも許すから、その前にもうちょっと賢く、その能力を使ってよ!

(いや、天下りとかのために、こういう公共事業が必要なんだっけ?)

 

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