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2009年8月20日 (木)

投票するのは義務じゃない!

天下分目の決戦と評される衆議院選挙が、いよいよ公示された。報道も熱を帯びる。こういう時期、テレビでよく見かける光景に、街頭でのインタビューがある。熱を持って政治の不信を訴える人、とにかく自分たちの生活の向上を言上する人、政治家に対する不満をぶちまける人、様々である。そんな中に必ずいるのが無関心な人々だ。彼らは投票にいかない。インタビューでは、「わからない」と答えるが、「行かない。」理由は、「選挙に行っても何も変わらないから。」「誰に投票していいのかわからないから。」「誰がやっても同じ。」「政治に興味がない。」.......。多様な意見に見えるが、結局のところ「興味が無い。」のだ。

そもそも、選挙権というのは、その名の通り、選挙に参加できる「権利」だ。義務じゃない。義務じゃないというと「参加しないのも自由でしょ。」という声が聞こえてくる。「そのとおり!」と、言いたい所だがちょっと問題がある。たしかに参加しなくとも罰則があるわけじゃないし、参加するかしないかは個人の自由だ。ただ、参加しない場合、「重大な権利」を「放棄」するという意識を持たなければならない。「自由」という言葉はとても美しく崇高で便利な言葉だか、非常に危うい思想でもある。自由についてはまた別の機会に考えるとして、そもそも「自由」も権利だ。だれもその権利を自ら放棄しようなどとは考えない。自由に限らず、世の中では、皆が「権利」を主張する。働いたら給料をもらう「権利」がある。お金を払ったからこれを受け取る「権利」がある。先に並んだのだから、先にもらえる「権利」がある。自分のおこづかいだから「自由」に使う「権利」がある。宿題を終わらせたから遊ぶ「権利」がある。自分が誘ったのだから、最初に口説く「権利」がある。もちろん、気に入らなければ断る「権利」もある。後で来た人を選べる「権利」もある。もう、世の中権利だらけだ。自分に利があることについて、あえて権利を放棄する人は、修業中の身か、よほどできた人でない限り、ほとんどいないだろう。

では、選挙は自分にとって利がないことなのだろうか?
あまりに大きな話で、現実味が乏しく、身近な話に思えないから、どうでも良くなってしまうのだろうか?いかに現実味がなくとも、この権利は「国を動かす」ことのできる権利だ。昔の人々が、血と汗にまみれ、長い時間をかけ、死をもいとわず未来の人々のために勝ち取った「重要な権利」だ。世界中を見れば、この権利を持ちたくても持てない人々がたくさんいる。

ここに大きな車が有り、みんなでペダルを漕いで進んでいるとする。人数が多ければ多いほど一人がペダルを漕がなかったからといって極端にスピードが落ちることは無い。しかし、半数が漕がなくなったら、漕ぐ人の負担は倍になる。倍の負担に耐えられず、漕ぐ人は雪だるま式に減っていくだろう。そうして、あっという間に車は止まってしまう。一度止まってしまったら、もう、個人の力では再スタートする事ができない。「私一人が漕いでも何も変わらない」「最初にやめたやつが悪い。」「私は後半、倍の力で鯉だから、その時休んでいた人が漕ぐべきだ。」「どうせだれがやっても同じだ。」

「別に動かなくてもいいんじゃねぇの?」「かったるいしぃ。」

・・・・・・・「本当にそうですか?」

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