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2009年8月31日 (月)

いよいよ彩色です。

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小面、表面です。
6月17日7月19日、ときて、今日でいよいよ彫りは終わりです。気になるところはいくつかあるのですが、まずは下地の盛り上げ胡粉をほどこしてから形の最終調整をします。次回、お見せできるのは真っ白になって、より、形が明確に見える状態になります。ちなみにここまでは、基本的に紙やすりなどは使用しません。彫刻刀だけでやすりをかけたようにつるつるに仕上げなくてはなりません。

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2009年8月30日 (日)

目指せ職人技!

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小面の裏面、化粧彫です。裏はこれに漆を塗って完成に持っていきたいと思っています。さあ、いよいよ彩色です。

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2009年8月29日 (土)

【crane file : 023】天までとどけ!

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まっすぐ背伸びをしているようなクレーン。まるで天まで手を伸ばしているような。

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2009年8月28日 (金)

1÷3×3=

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朝の電車に揺られながら、ふと、「無限」ってなんだろう?とか考えていた時、不意に思い出し、携帯を出して昔懐かしい実験をしてみました。

「1÷3×3」=「1」。

当然です。数学的にはすごく当たり前の計算です。携帯の計算機で久しぶりに試してみて、正直驚きました。何を今さらと言われるかもしれませんが、ひと昔前の計算機ではこの計算ができなかったのを覚えている人がいるでしょうか?そう、8桁計算機では「0.9999999」になってしまっていたのです。それは、素数(1とその数字でしか割り切れない数/1,3,5,7,11,13,17..........)という概念を計算機が理解していなかったからです。8桁の計算機なら8桁までを計算し、その先に無限に続く割り切れない数字を切り捨ててしまって計算結果を表示したために起こった現象です。8桁までしかない世界で考えれば、「1÷3」は、「0.3333333」で、さらに×3すると、当然ながら「0.9999999」になり、1にはならないのです。なので、「1」という答えが出た時、思わず「最近の計算機は偉くなった!」と思ってしまったわけです。いつごろから計算機が進化したのかはわかりませんが、8桁しか表示できない計算機でも8桁以上の世界を理解している、素数という概念を理論的に理解しているという事実に感動すらしました。まぁ、それほどの問題ではなく、単にプログラムが少し賢くなったという事なんでしょうが、それでも、何か子供が始めて言葉を発した時のような感動を受け、電車の中でその不思議な喜びを周りの人に知られまいと(恥ずかしいから)無表情を装いながら、心の中で「よしよし」とその進化を褒めてやりました。

「1÷3=0.3333333333333333333333333333333333333333........................」

根っからの数学嫌いという方には考えたくも無い事かもしれませんが、この割り切れないという現象は、数学の世界で起きる事であり、現実世界では必ずしもそうではありません。(数学の世界でも10進法ではそうなりますが、3で割り切れる進法、たとえば9進法とかなら割り切れてしまいます。)というのは、現実世界(数学も現実なんですが...)で1つのもを3つに割る事ができないのか?というと、そんなことはありません。コンパスと三角定規があれば、1cmの線分を正確に三等分する事はわけもありません。三等分された線分は、数字的には「0.333333333333........cm」で、無限に割り切れませんが、現実には切り分ける事ができます。また、ひとつの丸いケーキを三等分することも簡単にできます。円の角度は360度なので、一人当たり120度で切り分ければ三等分です。(そもそもどうやって360に分割したかという事は置いといて...。古代バビロニアくらいまで遡らなければいけないらしいので.....。)

このように、この計算は、現実でありながら、非常に概念的な要素を持つものです。それを、このちっこい携帯の中に組み込まれた計算機がちゃんと理解しているなんて、なんだか嬉しくなってきませんか?

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2009年8月27日 (木)

遅ればせながら、お台場に行ってきました。

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やっぱり実物はいい。会場までの演出もまたいい。近づいても近づいてもなかなか見えず、木の上頭が見えた時には思わず「おおおおっ」って。やっと全貌が見えたと思ったら、後ろ姿。なんともこのもったいぶった感じがいい。実物は思っていたよりも小さかったけれど、それがかえってリアルに感じられました。時はまさしくマジックアワー。

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2009年8月26日 (水)

どうせ何も変わらない。

あるテレビ局のアンケート調査で、今回の衆院選ですでに投票を済ませたか、投票に行くと答えた人は全体の80%を越えたと報道されていた。これが本当ならかつてない素晴らしい事なのだが、現実はそう甘くないと思う。マイクを向けられた時は、周りの目もあるし、とりあえずそう言っているだけかもしれないし、今はそう思っていても当日かったるくなって行かない人もいるかもしれない。あるいは、この数字がさらに伸びるという夢のような話になるかもしれない。投票日が今から楽しみだ。

ところで、違うテレビ局では、場所を渋谷に移し、さらに20代限定で100人にアンケート調査を行っていた。質問は「自分の1票が政治に影響を及ぼすと思うか?」。残念ながら、そう思わない若者が過半数の53%だった。選挙に行くかという問いにも、投票を呼びかける20代のグループがキャンペーンをしていたりと、少し良くなってきてはいるものの、相変わらず関心は薄い。実はこの20代の投票率が特に低い。前回の参院選では、60代の80.3%に比べて半分以下の35.05%という惨憺たる状況だ。この投票率だと、少子化の影響もあり、政治に反映される20代の影響力は約8%しかない。全員が投票すれば20%を軽く越えるのにだ。

選挙に行く気が無い若者の理由として、「(自分が投票に行っても)何も変わらないから」「誰がやっても同じだから」という言葉が目立つ。いい大人が何を馬鹿な事、選挙に行くのは国民の権利だ、成人したのだから責任と自覚を、、、とか、今さら小言を言うつもりは無い。ただひとつ、政治家の先生方の本音を言ってみよう。「どうせやつらは投票に来ないんだから、ご機嫌をとる必要は無い。」「20代向けの政策なんか後回しでいい。それより、票が集まる60代に媚びよう。」「あんなふらふらしている若者など、投票所に来ない方が、票を読みやすくていい。いっそのこと家で寝ててくれんかな。」「後回し後回し、票にならない20代の事など考える必要なし。」.................。

「まだ、自分の1票じゃ何も変わらないと思っていますか?」

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2009年8月25日 (火)

【crane file : 022】街にはクレーンが溢れている。

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大阪の街。ちょっと視線を高いところに置いてみると、街はクレーンでいっぱい。

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2009年8月24日 (月)

末端の日本人はとても優秀だ!

日本の交通機関は、世界に類を見ないほど正確です。たった5分遅れただけで、車内アナウンスが流れるほどです。海外でその話をすると皆一様に驚いてくれます。交通機関だけじゃありません、日本ではあらゆるものが正確に滞りなく行われます。宅急便は、翌日には届くし、水が出なくなるようなことがあれば、水道局の人がすぐきてくれますし、電話工事も約束の日時にまちがいなく行われます。こんなに物事が正確に完遂される国は他に無いといっても言い過ぎじゃないでしょう。この事実から、海外では、日本人はとても計画性が有り、計画を着実に進行させられる民族だと思われています。

でも、我々は知っています。計画が大きくなればなるほど日本人の意思決定は遅く、延々と続く会議と手続き、資料制作などなど、およそ他の国では考えられないほど「遅い」のです。だれも責任を取りたくないかのように結論を先延ばしにし、ああでもないこうでもないと無駄な時間を費やします。そういうことにイライラした事の無い日本人は少ないでしょう。いや、いないかもしれません。政治やお役所仕事がそのさいたいるものです。

この二つの事は、とても矛盾しています。本来ならありえない事にも思えます。では、どうして結果的につじつまがあっているのでしょうか? そうです。最後に帳尻を合わせる(合わせなければいけない)立場の人々がとても優秀で仕事が速いんです(きっと)。上の人々が無駄に費やした時間を取り戻すべく残された時間の中であきらめる事なく最善のものを作り出そうと決死の覚悟で仕事に挑む人々がいるのです。そんな人々に我々の日本は支えられ、日々不自由なく暮らしていけるのです。

「すべての末端の人々に感謝しましょう。」

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2009年8月23日 (日)

閉店ま近か!

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以前にも取り上げた事のある近所のファンキーなお店
「家賃たいのう 倒産ま近か SALE」を開催中!ま近かなだけで、倒産はしないと思う。

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2009年8月22日 (土)

宇宙は無限だというけれど。

よく、宇宙は無限だというけれど、本当でしょうか?
宇宙の誕生については、だれもが一度は耳にした事のあるだろう「ビッグバン理論」という有力な仮説があります。私なりの解釈では、それまで何もなかったところで「ビッグバン」いう爆発(?)....。と、とにかく突然、宇宙ができてどんどん膨張していって、その間いろんなことがあり、星もできれば星雲もでき、その中の小さな惑星で生命も誕生し、この広大で無限に思える現在にいたっている。ということでしょう。ビッグバンが起きたのは、およそ137億年前と計算されています。ちょっと待って、以前のエントリー「僕らはひとりぼっちじゃないよね?」で、調べたところ、すばる望遠鏡で128億8千万光年先の銀河が観測されていました。そうすると、もう少し先のお話になるかもしれませんが、137億光年先の銀河だって観測できてしまうかもしれません。137億光年先から光が届くためには137億年かかります。つまり、その光は137億年前の光です。.............................もう、お分かりになりましたね。私の疑問が。
その光が発せられた年、ビッグバンが起こった事になってしまうのです。なにやら眉唾な話になってきました。無理やりにでももう少し考えてみましょう。もし、そこでビッグバンが起こったのだとすると、そこが始まりで、137億光年離れた我々のいる場所が、一番端だという事になってしまいます。すばる望遠鏡がどちらを向いて観測するのかはわかりませんが、どちらかを向けるのは間違いありません。その時、後ろを振り返ったら、何が見えるでしょうか?やっぱり無数の星々が見えるはずです。そんなわけはありません。とすると、すばる望遠鏡でも137億光年はなれた星は観測できないのかもしれません。135億光年くらい先まで見えたとして、その時振り返っても、まだ2億光年分の宇宙が残ります。これならなんとなく納得できます。

「えっ、、、? て、ことは、宇宙は直径137億光年っていうこと?」


※もちろん、この私の考えはどこかで間違っているんだろうと思います。本当にその理論を研究されていいる方々からすると、単なる言葉遊びでしかないかもしれません。だから、本気にしないでくださいね。

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2009年8月21日 (金)

のぞいていたら、引き込まれそうになったので。

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ホテルニューオータニの吹き抜け。この吸い込まれ感は体感しなければわかりません。

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2009年8月20日 (木)

投票するのは義務じゃない!

天下分目の決戦と評される衆議院選挙が、いよいよ公示された。報道も熱を帯びる。こういう時期、テレビでよく見かける光景に、街頭でのインタビューがある。熱を持って政治の不信を訴える人、とにかく自分たちの生活の向上を言上する人、政治家に対する不満をぶちまける人、様々である。そんな中に必ずいるのが無関心な人々だ。彼らは投票にいかない。インタビューでは、「わからない」と答えるが、「行かない。」理由は、「選挙に行っても何も変わらないから。」「誰に投票していいのかわからないから。」「誰がやっても同じ。」「政治に興味がない。」.......。多様な意見に見えるが、結局のところ「興味が無い。」のだ。

そもそも、選挙権というのは、その名の通り、選挙に参加できる「権利」だ。義務じゃない。義務じゃないというと「参加しないのも自由でしょ。」という声が聞こえてくる。「そのとおり!」と、言いたい所だがちょっと問題がある。たしかに参加しなくとも罰則があるわけじゃないし、参加するかしないかは個人の自由だ。ただ、参加しない場合、「重大な権利」を「放棄」するという意識を持たなければならない。「自由」という言葉はとても美しく崇高で便利な言葉だか、非常に危うい思想でもある。自由についてはまた別の機会に考えるとして、そもそも「自由」も権利だ。だれもその権利を自ら放棄しようなどとは考えない。自由に限らず、世の中では、皆が「権利」を主張する。働いたら給料をもらう「権利」がある。お金を払ったからこれを受け取る「権利」がある。先に並んだのだから、先にもらえる「権利」がある。自分のおこづかいだから「自由」に使う「権利」がある。宿題を終わらせたから遊ぶ「権利」がある。自分が誘ったのだから、最初に口説く「権利」がある。もちろん、気に入らなければ断る「権利」もある。後で来た人を選べる「権利」もある。もう、世の中権利だらけだ。自分に利があることについて、あえて権利を放棄する人は、修業中の身か、よほどできた人でない限り、ほとんどいないだろう。

では、選挙は自分にとって利がないことなのだろうか?
あまりに大きな話で、現実味が乏しく、身近な話に思えないから、どうでも良くなってしまうのだろうか?いかに現実味がなくとも、この権利は「国を動かす」ことのできる権利だ。昔の人々が、血と汗にまみれ、長い時間をかけ、死をもいとわず未来の人々のために勝ち取った「重要な権利」だ。世界中を見れば、この権利を持ちたくても持てない人々がたくさんいる。

ここに大きな車が有り、みんなでペダルを漕いで進んでいるとする。人数が多ければ多いほど一人がペダルを漕がなかったからといって極端にスピードが落ちることは無い。しかし、半数が漕がなくなったら、漕ぐ人の負担は倍になる。倍の負担に耐えられず、漕ぐ人は雪だるま式に減っていくだろう。そうして、あっという間に車は止まってしまう。一度止まってしまったら、もう、個人の力では再スタートする事ができない。「私一人が漕いでも何も変わらない」「最初にやめたやつが悪い。」「私は後半、倍の力で鯉だから、その時休んでいた人が漕ぐべきだ。」「どうせだれがやっても同じだ。」

「別に動かなくてもいいんじゃねぇの?」「かったるいしぃ。」

・・・・・・・「本当にそうですか?」

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2009年8月19日 (水)

まるで南国のリゾートホテル。

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いえいえ、赤坂プリンスです。

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2009年8月18日 (火)

ミッドタウンの水花火!

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ミッドタウンの水花火。行く前は、ウォータースクリーンに、花火の映像なんかを映し出すものかと思っていたのですが、水を打ち上げ、それによってできる霧にレーザー光で広がる花火を見せるという演出には驚かされました。お見事!花火です。惜しむらくは、もう少し数を上げて欲しかった。

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2009年8月17日 (月)

遅ればせながら、特等席で観てきました!

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横浜開港150周年イベント、「開国博Y150」で、「ラ・マシーン」を観てきました!(やっと)
早起きした甲斐があり、労せずして特等席で座って観る事に成功。足が目の前、50cmくらいの位置に着地するという絶好の場所。音は少し工事現場っぽい感じでしたが、細部までこだわった造形は美しく、思わず見とれてしまいました。

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2009年8月16日 (日)

空へと続く階段

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だれがこの階段を上っていくのか?
だれがこの階段を下りてくるのか?

というか、工事中なだけですが、階段から先に作るんですね。ちょっと驚きです。

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2009年8月15日 (土)

たしかに喫煙者は悪者だけど...。

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恵比寿ガーデンプレイス、ウェスティンホテルの喫煙所。意図したのか偶然かわかりませんが、白州に並ぶ灰皿が、まるで墓石のようです。配置も前方後円墳を模したようで、環境的には木々に囲まれ質感も広さも素敵なのですが、どうにも墓地に見えて仕方がない。これは喫煙者に対する皮肉でしょうか?周りに配置された照明(写真下)も、よくよく見れば盛り塩のように見えてしまいます。まぁ、今の世の中、悪の権化、喫煙者に、貴重な土地から、これだけのスペースを確保していただいていているのですから、不平不満など言っては罰が当たります。

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2009年8月14日 (金)

星は流れていない。

今週13日を中心にペルセウス座流星群が観測できる。ロマンティックな夏の夜の天体ショーだ。ちなみに今年、2009年は「国際天文年」にもなっている。ペルセウス座流星群は、しぶんぎ座流星群、ふたご座流星群と並ぶ三大流星群とされる。晴天に恵まれ暗い夜なら、1時間に30個を超える数が観測できる。夜空を流れる星に思いをはせ、願い事をするにはまたとない機会だ。

「ペルセウス座流星群」。とてもいい響きだ。まるで、たくさんの小さな星々が常に流れている情景が思い浮かぶ。そこは流れ星の楽園で、神々が戯れ、輝く光の国。そんなイメージすら浮かんでくる。年に一度地球が近づく時、その一端を垣間見る事ができる。いつかそこに行ってみたい、流れる星々の中に身を置いてみたい。そんな夢のような世界を思い、願いをかける。まさに夏の夜の夢だ。

ところで、この流れ星、充分夢の無い大人に育ってしまった人なら誰もが知っていると思うが、ほんとうに星が流れているのではない。何十光年、何万光年離れている恒星がこんなスピードでこんな距離を移動したらとんでもない事になる。宇宙空間に漂う「○○」が、地球の大気に飛び込んでくることで、摩擦を起し、熱と共に光を発しながら流れているのだ。飛び込んでくるのは、直径1ミリから数センチ程度の「チリ」。小惑星でも隕石でも無く、豆粒大ほどの「塵」だ。小さな隕石ならまだしも、小惑星なんかが飛び込んでくれば、あっというまに我々は滅亡の危機に瀕する。願い事なんかしている場合じゃない。大惨事だ。

ペルセウス座流星群の母彗星は、太陽の周りを我々地球と同じように回っている。同じというのは少し語弊があるが、とにかく大きな楕円軌道を描きながら回っている。彗星は、その軌道にたくさんの塵を撒きながら移動している。つまり、太陽の周りには大きな楕円の「塵の川」「塵の道」ができる。我々の地球がその「塵の川」を横切る時、その塵のいくつかが大気圏に飛び込んできて「流れ星」になる。簡単に説明すれば、ただそれだけの事だ。多くの不思議に言える事だが、わかってしまえばなんてことはない。

科学の進歩は、我々に大きな恩恵をもたらしてくれるが、夢やロマンというものを、もぎ取っていくように感じられて仕方がない。今の殺伐のした世の中が、科学がもたらしたもうひとつの側面で無い事を祈りたい。何事もわかってしまう事が善ではない。わからないからこそロマンがあり、夢や希望を持てる。アダムとイブが知恵の実を食べ、楽園を追われたように我々人類はどこに追われていくのだろうか? たとえ、現実がわかってしまっても、夢やロマンは持ち続けたい。クリスマスの夜、サンタクロースを待ち続け、わくわくしながら眠りにつく子供のように。

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2009年8月13日 (木)

亀が、亀が、、、。

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清澄庭園は、都会の中のオアシスのようでした。こじんまりと広過ぎず、人も適度に少なく静かで落ち着ける良いお庭でした。そぉっと水辺に近づくと、怖いほどたくさんの大きな鯉が、それは大きな口をパクパクと開けながら迫ってきます。これはなかなかホラーです。手でも叩こうもんなら、水面は一気にパニック状態になります。さらに、餌を投げると.....。もう、言葉に出来ないような状況になります。ここは、亀にとっても楽園のようで、たくさんの亀がいます。水辺のすぐ近くを歩く事が出来るので、とても身近に感じられます。足音に反応し、鯉と同じように亀もたくさん集まってきます。いたるところにいます。なかなかホラーで楽しかった。

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2009年8月12日 (水)

だいぶ骨格が見えてきました。

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小飛出進捗状況。ずいぶん骨格が見えてきました。頭の中にも少し形が入ってきました。粗彫りの段階と見比べると粗彫りの時点では、わかっているようでぜんぜん骨格がわかっていなかったんだということがわかります。今見ると恥ずかしいくらいです。まだまだ、この小飛出も、面打ち修業も先は長い長い!

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2009年8月11日 (火)

今年はミンミンゼミの声をよく聞く。

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私の気のせいかもしれないが、今年はミンミンゼミの声をよく聞くような気がする。皇居が近いという場所柄も手伝ってかもしれないが、何となくそんな気がする。数年前、会社があった都立大学では、見かけるセミのほとんどがアブラゼミだった。ミンミンゼミはほとんどいなかった。気になったのでちょっと調べてみた。

ミンミンゼミは、カメムシ目:ヨコバイ亜目:セミ科に分類されるセミの一種。セミがカメムシ目というのに、ちょっと驚く。

そもそも、ミンミンゼミは、クマゼミやアブラゼミに比べて暑さに弱いらしい。元々体の色は黒と青のマダラ模様だが、関東近郊でも夏の温度が高い甲府盆地などでは、黒い部分が極端に減少し青い固体になる。光の吸収率を考えて変化したもので、これらはミカドミンミンゼミと呼ばれる。東京都心部や仙台などでは都市部に多く生息するが、西日本の都市部ではほとんど見られない。標高が少し高い山地を好んで生息している。東京都心部や仙台市中心部に多く分布している理由としては、ミンミンゼミの幼虫が比較的乾燥した土中を好み、成虫はケヤキやサクラなどの樹木を好む。ヒートアイランド現象による乾燥化で、ミンミンゼミが住みやすい環境になっているという説もある。気流の関係で北関東地域より猛暑日が比較的少ないこともあげられる。それでも都心から外れると東京のミンミンゼミ率は低く、特に東部では40〜50年前にはほとんど見られなかったらしい。23区でも東部では、アブラゼミの分布が多く、西部でもミンミンゼミは多くないようだ。都心以外でも見られるようになった理由として、新しく作られた公園や街路樹の土壌に幼虫が混じって、移動してきたということが考えられるらしい。どちらにしても人が移動する事、繁殖する事によって、大きな影響を受けているのは間違いないだろう。

調べていてひとつ面白い事実にあたった。西日本に見られるクマゼミとの関係だ。ミンミンゼミはその名の通り「ミンミン」と鳴く。クマゼミは「シャオシャオ」とやかましく鳴く。人の耳には間違いなくまったく違う音に聞こえるが、鳴き声のベースは、まったく同じ音らしい。ゆっくり再生するとミンミンゼミ、早く再生するとクマゼミになるのだという。これは面白い。このせいで、ミンミンゼミとクマゼミは棲み分けをしているらしい。場所もそうだが、時期的なものが多く、クマゼミがほぼいなくなったころにミンミンゼミが発生してくるらしい。ちなみに台湾に生息するタイワンクマゼミはこの2種の中間の音で鳴くらしい。

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2009年8月10日 (月)

空に四角い影が!

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雲と光が作り出した都会ならではの不思議な光景。高層ビルの屋上に設置されたライトが、雲に四角い影を映し出しています。これがコウモリの形だったら、間違いなくバットマンがやってくることでしょう。

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2009年8月 9日 (日)

トンネル

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夜の高速を走っていて思わず撮りたくなった1枚。トンネルです。

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2009年8月 8日 (土)

仙台七夕

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仙台の七夕が始まりました。
この作品は、ある会社の情報誌の表紙用に制作したものです。めずらしく浴衣姿の女性を描いてみました。

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2009年8月 7日 (金)

熱いものと冷たいものしかない。

ある料理屋のご主人のお話。

「日本人は、食べるのが早いって言うけど、それは当たり前。だって和食は熱いものと冷たいものしかないんだもの。」

これは真理だ。
せっかくの美味しい料理、もっとも美味しい温度で食べるのが礼儀。熱いものは熱い内に、冷たいものはぬるくならないうちに。以前、数人でフランスに行った際、はじめての海外旅行だという人に本場のフランス料理はどう?って聞いた感想が「ぬるい。」だったことを思い出しました。もちろん、その後に「美味しい。」と言っておりました。たしかにフランス料理のスープは、熱々ではありません。「フーフー」しながら食べなくてはいけない料理はほとんどありません。だからこそのコース料理なのだと思います。適温から外れないで食べられる分量だけ小分けで出すという精神なのでしょう。ひとつだけ、オニオングラタンスープは例外です。あれは熱い。猫舌の私にはとてもつらい。美味しいけど。フランス人にとってのそれは、日本人にとってのラーメンのようなもの。寒い冬、飲んだ帰り道、小腹が空いた時にいただくジャンクフードのような感覚。もちろん、フランスのマナーで食事中に「フーフー」なんてするのは下品な事で、決して許されません。口から発する音は、おしゃべり以外すべてタブーなのです。日本では、昔、食事中に喋るのは下品でしたが.....。

話を戻しましょう。では、寿司はどうなんだ?「あれは熱くも冷たくも無いだろう。」確かにそうです。しかし、あれにも適温はあります。まっとうなお寿司屋さんなら出された時が適温です。親方がカウンター越しに客を見、抜群のタイミングで最適な温度の寿司を出してくれます。話に夢中になって、せっかく握ってもらった寿司に手を付けないなんてのは愚の骨頂。カウンターの向こうで職人さんがやきもきしています。

つまるところ、和食に限らず、フレンチだってイタリアンだって中華だって美味しい料理には時間という寿命があります。料理人が細心の注意を払って最適な状態でお客の前に出してくれるのです。作る方が真剣勝負なら食べる方も真剣勝負であらねばならない。早食い上等!

だからといって、ガツガツ、むしゃむしゃ、ずるずる、、、、。早食い=下品ではありません。スマートに上品な早食いを目指しましょう!!

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2009年8月 6日 (木)

かっこいい!

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茂木で見つけた自衛隊観艦式のポスター。日本の自衛隊とは思えないくらいセンスのいいポスター。自衛隊に関しては、いろんな思惑や問題点があると思いますが、もっとかっこよかったり尊敬されて良いと思う。とにかくこのポスターは良い出来です。ちなみに左上が光っているのは照明の問題。実物の背景はグリーンのベタです。

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2009年8月 5日 (水)

キャンプ「体験」ってどうなんだろうか?

ママも納得!はじめてのキャンプ体験!」という企画を打ち出したホテルが人気らしい。キャンプ場でテントには宿泊するが、準備も食事の用意も後片づけもすべてホテルスタッフがしてくれる。「寝付けないチビッコやテントが苦手なママのために控えのホテルには、24時間移動可能!」らしい。

これってどうなんだろうか?

キャンプ場まで重い荷物を運び、テントを張り、炭をおこす。もちろん、簡単な事ではない。しかし、そのひとつひとつがキャンプのイベントであり、楽しみでもあるんじゃないだろうか?周りを観察して、テントを張るための最適な場所を考える。なかなか火がつかなくていろんな工夫をしてみる。みんなで協力し、知恵を持ち合う。時にはベテランから知恵を教わり感動する。そんな中で学べるものはたくさんあると思う。困難だからこそ工夫する事を学ぶ。子供たちは大人の知恵や経験を尊敬する。「普段は頼りないパパだけど、今日のパパはかっこいい!」パパが火をおこし、ママが料理する。あるいは普段台所に立たないパパが今日は料理を作ってくれる。そんなことってとっても大事な気がする。そんな中で親子関係は育まれていくんじゃないだろうか?「これ、なんで火が消えちゃうんだよ!」とホテルスタッフに文句を言うパパ。「もう!蚊がたくさんいていやだわ、ホテルの部屋に戻りましょうよ。」なんていう両親の姿は子供たちに見せたくない。いやいや、子供たちも「ホテルの部屋に戻ってDSの充電してきて良い?」「部屋でテレビ見てきていい?」なんてことになってやしないかと他人事ながら心配してしまった。

しかし、最初からだれもができるわけではないから、体験としてこういう企画も必要なのかもしれない。これをきっかけに今度は自分たちだけでキャンプに出かけてくれるようになるのかもしれない。そうなることを願いたい。しかし、こんなことにまでリハーサルが必要になってしまったことは嘆かわしい。

いや、逆にこれが行き着く所まで行って、将来、大きなドームの中に作られた人工的な自然の森の中で、疑似キャンプをするようにならないことを願いたい。温度管理され、適度に暑くなったり、気にならない程度に雨が降ったり、ワンタッチで火がつき、消えない炭があったり、水は浄水器でろ過された安全なもの、トイレは水洗(ウォシュレット付き)、もちろん、蚊や蜂などあぶない昆虫などありえない。蛇もいないが、ホタルとカブトムシは一年中見られる。もちろん、一年中花に囲まれ、鳥のさえずりが聞こえる。星空はプラネタリウムの方が天候に左右されないから良いだろう。もしかしたら三つ星シェフが作ってくれるバーベキューなんてのもできちゃうかもしれない。こんなことでいいのか!?

「上っ面の楽しい事だけじゃなく、面倒な事も辛い苦労もひっくるめて全部「体験」しようよ!」

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【crane file : 021】レースカー専用

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ツインリンクもてぎで見かけたクレーン車。コース上でやむなく止まってしまったレースカーを釣り上げるためのもの。


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2009年8月 4日 (火)

殺伐とした世の中だけど。

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ツインリンクもてぎ、ピット裏のトイレより。
世の中、殺伐としたニュースが多いけれど、まだまだ日本人はやさしい。ツバメの巣をちゃんと保護してやれる余裕も持っている。こういいうことができているうちは、まだまだ捨てたもんじゃないと思う。次の世代、今の子供たちに、ちゃんと受け継がれていくのでしょうか?「糞で汚れるからとっちまえ」とか、そもそもツバメが巣作りできない建材とか考えないよね?

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2009年8月 3日 (月)

Nice Middle RACERS:オヤジ達のいい顔!

熱きオヤジ達の雄姿をどうぞ。

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オヤジ達の熱き戦い!

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週末、ツインリンクもてぎで開催された「K-TAI」ミッション付きカートの5時間耐久レースに、友人チームが出走するということで微力ながらお手伝いするためサーキットに行ってきました。途中細かなトラブルにはみまわれましたが、天候にも恵まれ5時間をドライコンディションで無事完走する事ができました!(写真上は、無事5時間を走りきったマシン)
チームは、「Nice Middle RACERS」文字通り「熱きオヤジ達」5人のレーサーが繰り広げた熱きバトル。
5時間を走りきったオヤジ達は、すばらしい笑顔を見せてくれました。
私はというとピットウォールでサインボードを、これまた5時間出し続けました。(おかげで土方焼け)

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僕らはひとりぼっちじゃないよね?

2006年10月、国立天文台のすばる望遠鏡が最も遠い銀河の世界記録を更新している。おそらくその記録はまだ破られていないのだと思うが、その距離、実に128億8千万光年。宇宙が誕生したとされるビッグバンから、7億8千万年後の時代で現在確認されている最も古い銀河だという事になる。光年というのは、天文学で用いられる距離の単位である。「年」という漢字が使われているが時間の単位ではない。光が1年に進む距離という意味だ。星と星との距離はあまりにも遠く、通常の距離の単位で表すと、それこそ天文学的数字になってしまうので「光年」という単位を使う。試しに換算してみると、真空中で光は、299 792 458 m/s の速度で進むので1光年は 9,460,730,472,580,800mになる。約9兆4607億kmという途方もない距離だ。つまり、128億8千万光年という距離は、キロメートルで表記すると9,460,730,472,581km ×12880000000で、1,218,542,084,868,432,860,000,000km 1じょ(禾へんに予)2185垓4208京4868兆4328億6千万kmという常軌を逸した数字になる。「じょ(禾へんに予)」なんて桁はそもそも漢字も変換されない。

見方を変えよう。我々は光でものを見ている。発光物は、その発する光を、発光していないものは反射光で見ている。光の速度があまりにも速いので、身近にあるものは、タイムラグ無しに見る事が出来が、あまりに離れているとそうはいかない。つまり、すばる望遠鏡で観測された最も遠い銀河は、光が128億8千万光年もかかる遠い所にある。簡単に言うと、我々は128億8千万年前に発せられた光をみていることになるのだ。今の望遠鏡の精度では単なる光の点にしか見えないが、これが果てしなく解像度の高いものなら、128億8千万年前の風景が見えるはずだ。もしかすると128億8千万年前の生命の営みが見られるかもしれない。いや、この銀河は宇宙が誕生したと同時にできたとしても7億8千万年しか経っていない、我々の地球と同じ条件の惑星があったとしても、さすがに生命は誕生していないだろう。我々の太陽は、およそ50億年前に誕生している。地球が誕生したのはその5億年後、最初の生命が誕生したのはさらにその7億年後なので、太陽の誕生から12億年かかったことになる。万が一早熟な生命が誕生していたとしても、おそらく顕微鏡ででも見なければ発見できないだろう。

128億8千万年前の光を見ているというのはどういうことだろうか?今、瞬時にそこに行けたとして、その世界は128億8千万年後の世界だということになる。ちょっとしたタイムスリップ気分だ。光の速度で航行するとしたら、さらに128億8千万年かかるわけで、到着するのは現在すばる望遠鏡で見えるものから257億6千万年後に到着する事になる。ちょっと待った!恒星の寿命はその星の質量に大きく関係がある。大きくて明るい方が寿命は短い。我々に大きな恵みをもたらしてくれている太陽は、宇宙の中ではそんなに大きい方ではないが、その寿命は100億年とされている。太陽の2倍の質量の恒星なら寿命は12〜13億年しかない。小さい方が寿命は長いが光度は低い。つまり大きくて明るい星ほど寿命は短いということになる。

これは重大な問題だ!

すばる望遠鏡が捉えた最遠の銀河、128億8千万光年先の銀河に、もし、今すぐ到着できたとしてもそのほとんどの恒星は寿命が尽き、太陽の恩恵を受けられなくなった惑星は太陽の断末魔の膨張で太陽に飲み込まれるか、冷えて、死の惑星になっていることになる。宇宙の誕生が137億年前、その時生れた恒星で我々の太陽より大きいものはすべて寿命を迎えていることになる。それだけじゃない、100億光年以上離れている星は、今見えている光が生れた時点の光だとしても、もはやそこにその星は存在しない。存在しないが、地球上から見る限り、我々が見る星空にはその星が、これから100億年間、輝き続ける。

眩いばかりに数えきれない星々が輝く夜空、広大な星の海。しかし、将来我々が銀河の海に乗り出した時、そこには暗黒の空間が広がるのみで星なんかひとつもないかもしれない。太陽が無ければ生命も存在できない。今は無限に広がる星の海に我々の地球があり、無数の星々の中には我々と同じような知的生命体が繁栄していて、いつかその仲間入りが出来る、我々はこの宇宙でひとりぼっちじゃないと思っているが、本当にそうなのだろうか?我々に見る事が出来る光が遠い過去のものでしかないとしたら、今、この瞬間の宇宙がどうなっているかなんて、だれも保障できないんじゃないだろうか。

とはいうものの、そう悲観的になる必要はない。ビッグバンの時ほどじゃないだろうけど、今も星々は生れ続けている。(はずだ。)それに、地上から肉眼で見られる夜空の星々は、一番離れているアンドロメダ銀河でも、たった230万光年だし、恒星なら20〜30光年と、まるでお隣のようなものだ。これらがそう簡単に寿命を迎えるとは思えない。宇宙に旅立って、少なくとも我々の銀河を出るまでは星の海に揺られる事が可能だろう。
ただ、その先は、どうなっているかわからない。たとえ真っ暗ではないにしても、今見えている星々はすでに無く、新しい星々の世界になっているはずだ。我々が今、望遠鏡で観測している星空とはまったく違う景色であることには間違いはない。

「ほんとに、僕らは、ひとりぼっちじゃないよね?」

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2009年8月 2日 (日)

赤い!

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下の樹木がまるで赤々と燃える溶岩のよう。下ばっかり見ていないで時には空を見上げてみましょう。

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2009年8月 1日 (土)

超常現象つながりで、今度はUFO

超常現象つながりで今後はUFOを考えてみた。

超常現象とひと括りにしてしまうのは、UFOの場合不適切かと思う。ここで考えるのは、未確認飛行物体としてのUFOではなく、ちゃんと宇宙人が乗った宇宙船としたい。霊とは違ってれっきとした宇宙人が乗っていて、はるか彼方宇宙からやってきてくれるのだから、もちろんデジカメであろうがフィルムカメラであろうがちゃんと写るだろう。事実、これまで数多くのUFO写真が撮影されていて、中にはNASAのお墨付きという眉唾なものまである。もちろん、目撃証言も多い。これらは特に霊感の強い人達ではなく普通の人々だ。そう、だれもがUFOに遭遇できる可能性を物語っている。残念ながら私はまだUFOを目撃するという幸運に見舞われていない。もちろん撮影にも成功していないが、いつかは私もという思いで宇宙(そら)を見上げている。

では、UFOが地球に飛来する目的とはなんだろう?

まず、知的生命体の誕生について考えてみよう。我々の住んでいる地球だって生命が誕生し、どうにかこうにか月まで行けるところまで科学を進歩させた。ここ数日は宇宙ステーションに滞在する若田光一さんのニュースでもちきりだ。我々人類にとって、この先に広がる宇宙時代は確約されたも同じだ。近い将来、スペースコロニーができ、宇宙空間で生れ育つ「スペースノイド」の誕生も容易に予想される。かれらは「ニュータイプ」と呼ばれるのかもしれない。これだけのことを我々地球人は、旧人といわれるネアンデルタール人より現生人類の直接の祖先といわれる新人「クロマニヨン人」が覇権を握ったところから数えて、たった20万年で成し遂げたのだ。宇宙の誕生から、ちょうど137憶年経っている事を考えると、そのわずか68,500分の1の期間で進化した事になる。文明が生れてからはどうだろう?最初に発生したとされるチグリス・ユーフラテス川流域のメソポタミア文明は、紀元前3,500年だ。ちょうど5,509年前という事になる。およそ2486840分の1の期間だ。137億年という途方もない時間の中で、5,500年が同時期に重なる確立はそんなに高くない。

人類という尺度ではなく、生命という尺度で考えてみよう。地球上に生命が誕生したのは40億年前。地球が誕生してから6億年後の事だ。ということは、条件を満たした惑星が誕生して偶然にもそこに生命が誕生し、まがりなりにも宇宙に飛び立てるようになるまで実に宇宙の歴史の3分の1の時間を要するという事になる。これがほんの少しズレただけで出会える可能性はぐっと少なくなってしまう。さらには、恒星だけでも10の23乗(1,000,000,000,000,000,000,000,000個)あるという途方もない星の海で出会える確立はそんなに高くない。

そんなとてつもない偶然を乗り越えて地球までやってきてくれた宇宙人が、どうして我々と直接コンタクトを取ってくれないんだろうか?どうしてピンボケ写真でしかその姿を見せてくれないんだろうか?我々の文明が彼らのそれと比べてまだまだ幼く、その衝撃に耐えられないと考えられているからだろうか?あるいは、地球人が彼らの食べ頃になるまで適度に熟れるのを待っているのだろうか?侵略し、植民地化を考えているならすでにそれは成されているだろう。なんといっても我々はまだようやく月に行けるだけの科学技術しか持ち合わせていない。広大な星の海を旅してきた彼らにとっては赤子の手をひねるより容易いだろう。そもそも地球を観察するだけならわざわざ大気圏を飛行する必要はない。幼稚な我々だってGoogle earthで地球の至る所を見る事ができる。彼らの技術力を持ってすれば衛星軌道から米粒に描かれた七福神の絵を見る事だって造作も無い事だ。見るだけではつまらないからバスに乗って直接触れ合うサファリパークのような感覚なのかもしれない。それなら、餌を与えてその生態をもっと見る方が楽しい。我々だってライオンが生肉に飛びつく様をバスの中から見るためにサファリパークに行く。ただ姿形が見たいだけなら動物園で充分だ。

いや、すでに人類と宇宙人はコンタクトをとり合う仲で、アメリカネバダ州のエリア51には、宇宙人の方々にお越し願って色々ご教授いただいているという情報もある。そこで様々な技術供与をいただき、地球の科学は飛躍的に進歩したのかもしれない。アポロだってスペースシャトルだって地デジだって宇宙人の教え無しには成し遂げられなかった事かもしれない。我々の理解力が乏しいから、恒星間航行が可能な宇宙船を建造する技術を教えてもらっても、まだまだ大気圏を脱出するために苦労を重ねているのかもしれなし、数々の事故や不祥事も起こしてしまう。それだけの科学技術を持っている優れた文明なら、経済や宗教問題を解決する知恵も間違いなく持ち合わせているはずだ。その有り難い忠告をちゃんと理解できないからリーマンショックも起きたし、核問題も未だに解決しない。ほんとに出来の悪い生徒でごめんなさいと地球人を代表して謝りたい。

この広い宇宙のどこかでたまたま同時期に知的生命体が誕生して、科学技術が地球のそれよりはるかに進歩していて、砂漠の中で金の粒を見つけるように地球を発見し、わざわざ危険を冒してここまでやってきてくれる確立は、「0」に等しい天文学的数字かもしれない。でも、これは天文学の話、そんなことがたまたま起こっても決して不思議じゃない。

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