« 【ワークショップ】宇高通成が誘う幽玄と叡智そして健康 | トップページ | 心霊写真に関する素朴な疑問。 »

2009年7月30日 (木)

人間は、自然にはかなわない。

R0011675

しばらく前、テレビで、人類が滅亡した後、1万年のシュミレーションが放映されていた。人という種の繁栄の歴史が、遺産としてどれくらい残るのか?ということである。詳しい数字は覚えていないが、記録というものは数百年もしない間にほとんど風化してしまう。紙は10年と持たないし、より長期に保存が可能といわれるCDやDVDも、人のメンテナンス無しでは寿命が短い。数百年前の紙が現在も残っているじゃないかと言われるかもしれないが、それも適切な環境で保管してのこと。人類が滅亡してしまったらだれも管理する事なくあっという間に朽ち果ててしまうというのだ。そのような歴史的資料を後世に残すため、温度や湿度管理が徹底された保管庫などさまざまな努力がされているが、それらを動かしているのは人間が作り出す電気である。それが断たれた時点で、カビが繁殖し、紙は5年と持たない。光メディアも15年ほどで消える。フィルムも泡状に分解されてしまう。

建物にしてもそう長くはもたない。
人類が滅亡してまず起こるのは、植物の大繁殖。わずか数年で都市のほとんどが植物で覆われ、小さな建物は次々に倒壊する。そのころには地球上に草食動物が増え、それを捕食する肉食動物も増える。人間に依存して生きている犬類は極端に減少するが、依存していない猫類は増えるらしい。どちらにしても植物の繁栄は動物にとって大きな恩恵であることは間違いない。25年で高層ビルのガラスはすべて砕けて落ちる。100年経てばブルックリン橋などのワイヤーが切れ崩落する。250年で超高層ビルも崩壊する。

1000年後の地球には人類が生きた都市が水と緑の楽園にかわるというのだ。では、人類の繁栄の証は何も残らないのだろうか?1万年後の未来、そこに残された人類の遺産は、エジプトのピラミッド、万里の長城、ラシュモア山の彫像(アメリカ大統領の顔)など石の建造物のごくわずかだという。そのころの地球は豊富で綺麗な水に満たされ、緑に恵まれ様々な動物が共生する楽園に戻っている。

結局人間は自然の摂理に反し繁栄をしているという寂しい現実を突きつけられたような気がする。よく、「地球に優しく」というスローガンが掲げられるが、そんな発想こそおこがましい。地球が人類に優しくしてくれなければ人という種は生き残っていけない。地球がほんの少し身震いするだけで、人類には大きな影響がでて滅亡の危機に瀕する。地球に優しくするのではなく、地球の怒りを鎮め、細々とでも人が生きていく環境を残してもらう必要がある。誰のためでも無い、自分たちのために環境を守っていかなければならない。自分たちの首を絞めないために。たとえ人が過ちを犯し、滅亡しても地球は何事も無かったかのように自浄作用が働き本来の姿に戻っていくだけなのである。

所詮、人類は、地球の表面の一部を間借りしているに過ぎない。滅亡か宇宙に飛び出すのかはわからないが、いつかここを去る時には原状復帰で地球に感謝し、返せるようにしたいものだ。

|

« 【ワークショップ】宇高通成が誘う幽玄と叡智そして健康 | トップページ | 心霊写真に関する素朴な疑問。 »

コラム・独り言」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1216618/30728691

この記事へのトラックバック一覧です: 人間は、自然にはかなわない。:

« 【ワークショップ】宇高通成が誘う幽玄と叡智そして健康 | トップページ | 心霊写真に関する素朴な疑問。 »